四季がはっきりとしている日本は、秋になると食欲をそそるものが増えるとヴィンチェンツォは思っている。秋は食欲の秋とはよく言ったものである……そう言えば、読書の秋よ、と同居人は呆れたように言うだろうことは、目に見えているから口にしないが。
「さて、ご飯作るね」
「ええ、楽しみにしているわ」
「ふふ。その期待に応えないとね!」
本も食事も楽しいから好きだなあと彼は思いながら、いそいそとキッチンに立つ。いつものエプロンを身につけ、ごぼうの皮をこそぎ落とす。たわしでゴシゴシと皮をこそぎ落とすと、ささがきにする。とんとん、と包丁の小気味いい音だけが聞こえる。
ごぼうを水にさらしている間に、しめじの石突きを取って小房に分ける。ついでに油揚げとにんじんを細切りにする。鶏肉も一センチ角に切り分けて、水にさらしていたごぼうをザルにあげる。
「えーと、次はなんだっけな……」
集合知のレシピサイトを彼は使わない。どちらかと言えば、初心者でも間違いがないメーカー公式サイトに載っているレシピや、レシピ本を買うことが多い。素人知識よりもバックがしっかりしているほう方が安心できるよね、というのはヴィンチェンツォの考えだ。
メーカー公式サイトのレシピ通り、炊飯器に研いだ米と醤油、味醂、酒を規定量入れて、水をくわえる。調味料の香りだけで十分腹が減ってくる。くるくる、と混ぜ合わせて、切り分けた具材を入れて炊飯のスイッチを押す。あとはおかずを用意するだけだ。
とはいえ、炊き込みご飯自体がおかずになり得てしまうため、ヴィンチェンツォはうーん、と悩んでしまう。レシピ本を見ていると、香りに気がついたらしい絢瀬がこれはどう、とスマートフォンの画面に、一枚の料理の画像を見せてくる。それはキャベツのスープだった。コメントにあるバターの香りと黒胡椒のアクセントが絶品らしい。家に黒胡椒はないが、普通の胡椒でも十分だろう。
「いいね。へえ、バターを使うんだ……」
「レンジでチンするっていうのも、お手軽でいいと思うわ。汁物は決まりじゃないかしら」
「そうだね、スープはこれにしよう。問題はメインだよ。困ったな、炊き込みご飯がメインのおかずになってしまうね」
「改めておかずを考えると難しいわね……炊き込みご飯って、本当、具沢山だものね」
わたしには十分だけど、あなたには足りないでしょう?
絢瀬がそう微笑むと、物足りないね、とヴィンチェンツォは真顔で返事をする。スープマグに水を注ぎ、顆粒の鶏がらスープの素とちぎったキャベツを乗せていた彼は、悩ましいねえと顎髭を撫でる。マグにふわりとラップをした彼は、そのままレンジにかける。ワット数と時間を設定して、温め始めたそれを見ながら冷蔵庫をあける。絢瀬もソファーから立ち上がって、一緒に冷蔵庫を覗き込む。
買い出しを控えた冷蔵庫の中身は、お世辞にもたくさん入っているとは言い難い。その中でも、作り置きのチャーシューが目に入った絢瀬はあれだけじゃ不満か、と尋ねる。
「チャーシューか……うーん、まあ今から買いに行くなら、あれでもいいか」
「決まりね。シンプルな夕飯、嫌いじゃないわよ?」
「そうかい? そう言ってもらえると、私も嬉しいよ。……手抜きじゃないよ?」
「分かってるわよ。手抜きなら、そもそも炊き込みご飯なんて作らないでしょう? あんな具材がたくさん入っているんだもの」
「炊き込みご飯の素を使ったかもしれないよ?」
「あら、ごぼうを自分で皮をこそぎ落としているの、見えていたわよ?」
「おっと、バレてしまっていたか」
愛情だけはしっかり詰めているからね。頬を擦り寄らせるヴィンチェンツォに、絢瀬はくすぐったそうに笑いながら、分かっているわよ、と返した。