適切に暖房をつけた中で、鍋を食べたのなら汗をかいても仕方がない。はふはふと汗ばむ体に、絢瀬は水をいれる。ぐい、と一気に小さめの湯飲みにいれた水を飲み干した彼女に、ヴィンチェンツォがお水入れてこようか、と提案する。自分で入れてくるから大丈夫だ、という彼女に、そうかい、とちょっとだけ彼はしょんぼりしている。頼ってもらえなくて、目に見えてしょんぼりしているヴィンチェンツォに、絢瀬はくすくす笑いながら、取り皿を指さす。それを食べ終わってからね、と言う彼女に、肩をすくめて分かってるよ、とヴィンチェンツォは返す。
寒さも厳しくなってきたから、とヴィンチェンツォはキムチ鍋を作ったのだ。たしかに、急激に冷え込みはじめて、体調を崩しかけている同僚達を見ていた絢瀬は、ちょうどいいわね、と同意したのだ。
熱々の鍋の中には木綿豆腐に豚肉、糸こんにゃく、白菜たちがならんでいて、香辛料の香りもあって食欲をそそるものだった。耳が赤くなりかけるほど寒かったものだから、絢瀬は喜んで食卓の席に着いたのが少し前のことだった。水を湯飲みにそそいできた彼女は、ことん、とテーブルの上に湯飲みを置いて席に戻る。横目でちら、と見たヴィンチェンツォもまた、絢瀬のように少しばかり汗ばんでいた。寒くても暑くても部屋の中では面倒だから、という彼は年がら年中Tシャツで居ることが多い。露出している太くがっちりとした首筋に、筋肉質な腕は、汗ばんでいるのもあってなんとなくなまめかしい。
目線をずらして鍋に移した絢瀬は、取り皿に豆腐をいれると、ひょい、と豚肉が飛び込んでくる。そんなことをしてくるのは、向かいに座っている男しかいない。顔を上げて正面を見れば、にこにこと向かいの男は笑っている。お肉も食べないとだめだよ、という彼に、そんなに食べさせたがるのはあなたぐらいだわ、と絢瀬は困ったように笑う。
「だって、ただでさえアヤセは細いんだもの。ごはんだって、それだけじゃないか。もっと食べないと駄目だよ。抱きしめたときに、間違って折ってしまいそうだよ」
「十分食べているつもりよ? これでも、だいぶ食べる量は増えたのだけれど」
「そうかなあ。たしかに、昔よりは食べてくれているけれど、それでもまだまだ細い方だよ」
私が心配になってしまうから、もっと食べてくれるかい。
そう言われてしまうと、絢瀬は仕方の無い人、と笑いながら豚肉を口に入れる。本音を言えば、もうだいぶお腹がいっぱいで豆腐だけでも十分だったのだけれども。そういえば、きっとヴィンチェンツォは無理をする必要はないよ、と豚肉を食べてくれるに違いないが、やはり悲しい顔をさせてしまうだろう。どうにも、その顔が得意ではないものだから、ちょっとした無理は通してしまう絢瀬だった。
二人で――七割近くはヴィンチェンツォが食べていたのだけれども、キムチ鍋を完食する。普段ならば二人で軽く食器類をゆすいで食洗機にいれるところだが、動くのも億劫そうな絢瀬に、今日は私がやるよ、とヴィンチェンツォはその形の良い頭をなでる。ごめんなさい、と一声謝って絢瀬はゆっくりとソファーに向かう。歩くのも億劫なのは、食べ過ぎたからなのか、食後の眠気からなのか。すくなくとも、絢瀬はうつらうつらとしながらソファーに腰を下ろしていると、食洗機を起動させてきたヴィンチェンツォが隣に座る。
隣の席が沈み込んだ動きで少し目が覚めた絢瀬は、彼の手にしているものを見て苦笑してしまう。
「やだ。まだ食べるの?」
「よく言うだろう? 甘い物は別腹なんだよ」
「笑っちゃう。鍋を食べたばかりなのに、アイスクリームだなんて」
「いいじゃないか。暖かい部屋で食べるアイスって最高なんだよ」
これでコタツがあったら完璧だね。
そう笑うヴィンチェンツォに、絢瀬はもうそろそろ出しても良いかもしれないわね、と頷く。それなら明日にでも出しておくよ、言ったヴィンチェンツォに、片付けもちゃんとしてね、と絢瀬は釘を刺す。去年、出してくれたはいいが、奥の方にしまいこんでいたそれらを無理矢理出したものだから、押し入れが少々雑然としてしまったのだ。それを思い出したらしいヴィンチェンツォは、今度の休みに一緒に出そうか、と肩をすくめる。
分かりやすい彼に、くすくすと笑いながら、絢瀬はアイス食べないの、と未開封のカップアイスをとんとんと叩く。
「溶けちゃうわよ?」
「おっと、いけない。ダメにしてしまうところだった」
「いけない人ね。せっかく買ってきたのだから、ちゃんとおいしく食べなきゃだめよ?」
「本当にね。はい、君も一口どうぞ」
「あら……ふふ、おいしいわね」
「でしょう? やっぱり冬はアイスだよ」
おいしいなあ、とニコニコ顔でスプーンでバニラアイスを掬っているヴィンチェンツォを見ながら、絢瀬はお風呂に入ってくるわね、と彼の頬に口づけをした。