美しい肉体を廃棄する――肉体に死を与えることをけろりと言ってのける千種川に、もったいないけど生き残れなかったなら仕方ないよね、と優は返す。まるで他人事だ。
時刻は十八時を半分ほど回ったところで、二人はすでに夕飯を食べ終えていた。さすが高級シティホテルのレストラン、というべき料理に舌鼓を打った彼らは、おいしかったねえと感想を述べながら部屋に戻る。
戻るやいなや、ベッドにごろんと転がった優。彼女のサンダルを揃えながら、千種川は口を開く。
「しかし、ここまで聞いてもあなたは我々を漫画の読みすぎだということもなければ、精神科に連れて行くこともしませんね」
「まあ、本当なら面白いけど、あたしには関係ないしね」
「なるほど」
「まあ、変わらず友達でいてくれればそれでいいよ」
お腹いっぱいで眠たくなってきた。
そう独り言を呟く彼女を、じいっ、と見下ろしていた彼は、彼女の転がるベッドの端に腰を下ろす。
ふむ、となにか考えていたような声を漏らす彼に、優は何、と尋ねる。
「いえ、あなたを母星に連れて行ったら、地球人のサンプルになるな、と」
「知恵遅れ的な意味で?」
「いえ、理解したうえで何一つ行動しない。それは賢明な判断である時もあります。我々の教育制度のもと、あなたを調整すれば、有益な存在になるかもしれない。そう思いまして」
「へー、面白そう。連れてってくれんの?」
けらけら笑っている優に、不可能ではありませんね、と千種川はこぼす。不可能じゃないんだ、と鸚鵡返しする彼女に、課題はありますが、と付け加える。
「肉体ごととなると難しいですね。まず、肉体の構造が違いますので」
「それもそうか」
「地球人の精神のみの輸送でしたら、移動中に破損しないよう保護しながら我々の星に送ることもできます」
「へえ! すごいね、それは」
「ただ、その素材が地球上にありませんので、やはり母星からの連絡待ちとなりますね」
「ふーん」
すっかり興味がなさそうな優に対して、顎に指先を置いた千種川は理論を展開する。彼女の興味は移行しつつあったが、それよりも展開始めたものを最後まで展開しきりたいらしい。
「それに、精神のみが我々の星に来ている間、あなたの肉体を地球上では維持できませんからね。やはり難しいですね」
「……そっちの宇宙船的なのでさ、あたしの肉体だけ別に保存するとかは?」
「……次回の来航日時を調べておきましょう」
「あ、そういうのはあるんだ」
「ええ、我々はこの地球に点在していますので、顔を合わせての会議となると、宇宙船を中継地点として行うのが楽なので」
「なんか、Wi-Fiのルーターみたいに宇宙船使ってんね」
地球人の宇宙船の使い方と全然違うや、と笑った彼女は、あ、と何かに気がついたように口を閉ざす。
「そういや、宇宙船って地球人に見つかってないの? こっちもさ、宇宙にいろいろ飛ばしてるじゃん」
「ああ、おもちゃのような衛生や宇宙船がありますね。迷彩構造すらもたないので、回避しやすくて助かります。この銀河系は我々の団体に加入していないので、迷彩構造を得ていたら、衝突していたかもしれません」
「あー、なるほど? ステルス性能があるから、地球人は捉えられてないんだ」
「はい。そういうことです」
なるほどねぇ、と仰向けに転がった優は、ふーん、と唸る。ごろごろと左右に体を動かした彼女は、それでいつ宇宙船は来るのさ、と尋ねる。あたしにも心の準備があるんだから、連れて行くときはあらかじめ教えておいてよね、とこぼせば、千種川は目をぱちくりさせる。
「乗り気、というものですね」
「まあね。退屈な毎日より、刺激はありそう」
「刺激も慣れてしまえば退屈ですよ」
「それはそうか。でも、少しは退屈しのぎにはなるじゃん」
「まあ、そうでしょうね。新しい文明に触れるというのは、いつだって刺激的ですから」
これで話は終わりだ、と言わんばかりに千種川は席を立つ。それを見た優は、くあ、と大きくあくびを一つした。