栫井優(かこい・ゆう)は、その外見から私服でいると学生に――未成年に見られることがない。制服でいても、時としてコスチュームプレイの一環だと思われるほどだ。
それもこれも全て、彼女の年齢不相応に熟れた肢体が原因だった。豊かに実った乳房と、視線を集めてやまない巨尻。それは服を着ていたところで隠せるものではない。尻を支える太腿も、筋肉と脂肪がしっかりとついた太いものだ。
歩くたび、長い髪だけではなく、胸も尻も揺れて人目を誘う。そう言った手合いから声をかけられることもないことはないが、彼女はそういったことに興味がないのもあり、全て断ってきた。
人目を惹きつける肢体に、それを見せつける格好。それが彼女のベーシックなスタイルだった。
とはいえ、見せつけることが好きなわけではない。自身を飾り立てることに興味もない。ただ、その恵まれたプロポーションを活かさなくては姉が――彼女に見栄えのする全てを奪われたように、着物がとてもよく似合う寸胴体型である彼女がうるさいから、派手な格好をしているだけだった。許されるのなら、着古して首周りのゴムが緩くなったスウェットで生活がしたいのだ。
そんな彼女は、大きなダブルベッドが置かれた部屋に男と二人でいた。性行為をするための部屋で、二人はそれをせずに、ただベッドに転がっていた。
破かれることのなかった避妊具を弄びながら、優は寝てもいい、と尋ねる。
「はい、問題ありません。寝具はそのためにありますから」
「だよね。寝るためにあるのに、その上でエロいこと、なんでするんだろうねえ」
「難しい問題ですね。おそらく、身体を痛めないためではないでしょうか。硬い床の上では、関節などを痛めるおそれがありますから」
「あーね。でも古来の、ベッドとかない時代からしてたわけじゃんね。そういう人もやっぱ、寝床でしてたんかね」
「性行為に関する時代考察は、ぼくには情報がないので、明確な回答はできませんね」
「別に答えが欲しいわけじゃねーからいいよ」
「そうでしたか。失礼しました」
優はベッドに腰を下ろしている男に声をかける。末恐ろしいほどに整った美貌の男の顔に興味もないようで、彼女はそちらを見ることもない。iPhoneをいじっていた彼女は寝るわ、とだけ言う。
「チェックアウトの時に起こして」
「はい、分かりました」
iPhoneを男に渡すと、優は剥がしていたシーツに包まる。横向きになり、少しの間もぞもぞと動いていたが、ちょうどいい場所を見つけたのか、動きを止めると寝息を立てる。
健やかに眠っている彼女を首を回らせて見ていた男だったが、興味が失せたのか自身のスマートフォンと渡されたiPhoneを両手に持ったまま、天井を見上げる。そこにはただ吸音材が貼られているだけで、あるのは少し薄暗い照明だけだ。雰囲気を出すためだろう、薄暗い照明を少しの間見ていた彼は、ついと視線を足元に動かす。
男――千種川雅貴(ちくさかわ・まさき)の顔は人形のように整っていた。キメの細かい肌は、手入れを怠っていない女性よりもハリがあり、長いまつ毛は女ならば誰しもが憧れるもので、シャープペンシルの芯は余裕で何本かは乗りそうなほど豊かだ。
一際美しいのは瞳だろう。黒曜石を磨き上げたような黒い瞳は、吸い込まれるような美しさを秘めている。しかし、そこになんの感情も浮かんでいないことが、彼を人形じみた美しさにしていた。
人間らしさのかけらもない美しさを持つ男は、ただショートブーツの先を見たまま、黙っていた。すぐそばで横たわる、毒花のような美しい女に指ひとつ触れない。まるで、一切のその手の欲求がないかのように。
むにゃ、と優が寝言を口にする。振り返った千種川は、そっと彼女のほうに向き直る。
「……」
優の顔にかかる髪をかきあげてやる。触れる面積は最小で、慎重だ。ふわふわと柔らかいアッシュグレイの髪に触れても、眉ひとつ動かさない。
顔にかかる髪がなくなった途端、優は寝返りを打つ。どかした髪が顔にかかる。それを丁寧に千種川はかきあげる。起こさないようにゆっくりと、静かに。
「……」
丁寧に横に流してやると、そのまま千種川は元の姿勢に戻る。ベッドに腰掛け、ショートブーツの足先を見つめる。時折瞬きをするのを見なければ、精巧な人形に見えただろう。
部屋には、二人分の呼気だけが小さく響いていた。