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「秋っぽいことしよ。月見とか」
「なるほど。中秋の名月というには早すぎますが、今晩月を見ますか?」
「いいよ。夜中に出歩いても、別にうちの親はなんも言わないしね」
「ふむ。ですが、あまりに遅い時間に出歩かせるのは犯罪に巻き込まれる可能性が非常に高くなります。日が沈んでから、二時間ほどにしましょう」
「んん……まあ、いっか」
そんなやりとりをしたのが、今から一週間ほど前である。すっかり優はその事を忘れていたが、夕飯を食べて自室でのんびりとスマートフォンをいじりながら、興味の無い流行のアーティストの曲を聴いていると、メッセージアプリに通知が来る。誰からだろう、と確認すると千種川からだった。
月見をしましょう。それだけのメッセージに、そういえばそんなやりとりもしたな、と思い出す。一枚薄手のカーディガンを羽織って、サンダルを履いて玄関を出る。姉にこんな時間にどこにいくの、と大声で咎められたが、優はひらり、と手を振って無視をする。
メッセージアプリで、どこにいるの、と連絡を送れば、すぐに返事が返ってくる。その入力速度の速さに苦笑しながら、優は彼が向かっている自宅近くの公園に向かう。
寂れたその公園は、優の記憶にあった公園とだいぶ様変わりしていた。それもそうだろう。危険だから、と撤去された大きな六階建ての鉄製のジャングルジムも、二人乗りブランコも撤去されていた。はん登棒や雲梯(うんてい)も撤去されており、この公園に置いてあるのは滑り台とペンキが剥げたベンチだけである。
危険だから、と撤去されたそれらは、様々な運動機能を鍛える目的があるはずなのに、これでは意味がないのではないか、と優は疑問に思う。ぽつねんと時代の流れに置き去りにされたベンチに腰を下ろすと、公園の出入り口にやたら背の高い男が立っている。街灯の明かりが頭から降り注いでいて、顔がよく見えない。ビニール袋を提げたその男は、いつもの黒いタートルネックを着ている千種川雅貴だった。
「お待たせしましたか」
「いや? ていうか、連絡あるまですっかり忘れてた」
「そうでしたか。それは申し訳ないことをしましたね」
「別にいーよ。家に居たってやることないし、姉さんはうるさいし」
「なるほど。では、月見をしてもいいと捉えても?」
「いーよ。てか、それ、なに」
ハンバーガー?
千種川が傍らに置いたビニール袋の中には、見覚えのあるファストフード店の紙袋が見える。ハンバーガーショップのものだ。
ハンバーガーか、という問いかけにそうだ、と返事をして、彼はがさごそと袋をあさる。そこから出てきたのは、ワックスペーパーに包まれたハンバーガーだった。包装紙には月見バーガーと書かれている。ほかにも、大きめの紙コップが入っている。
「月見バーガーが今日からだと聞いたもので。以前君が秋らしいこと、の一例に月見をあげていたものですから、月見をするのにちょうどいいと判断しました。君は中秋の名月に興味は無いようでしたので、月見バーガーの発売日に月見をするほうがいいのではないか、と考えましたが、いかがでしょうか」
「ん。もうそんな季節かあ。たしかに、中秋の名月だっていって、かっこつけて月を見るよりも、ハンバーガーの発売日にかこつけて見る方がらしくていいや」
「らしくていい、は君らしいということですか?」
「んー……なんていうか、季節を大事にしろって散々言われてるから、大切にはするけど、中秋の名月の正しい? 鑑賞のしかたとかしらない、あたしみたいな若いやつらはさ、こうやって月見バーガー食べながら月を見るのがそれっぽい……みたいな」
「なるほど。格式張った方法よりも、現代社会にそったやり方を選ぶ、という事でしょうか」
「うーん……微妙に違うような……間違っては無いような……そんな言い方だから違和感があるのかな……? まあ、とにかくあたしは月見団子食べながら月を見るより、月見バーガー食べながらのほうがお腹も膨れるから好きかな、ってだけ」
やっぱ月見バーガーはおいしいや。
季節限定のハンバーガーにかぶりついた優は、口の端についたチーズを舌先でなめとる。今ひとつ理解していないらしい千種川だったが、これ以上尋ねても解決しなさそうだと判断したらしい。彼は、ちら、と空を見てからハンバーガーにかぶりつく。
分厚い雲がかかった空には、月の光など微塵もなかった。