後ろからヴィンチェンツォが絢瀬を抱きかかえ、その髪に鼻先を埋めるのはいつものことだ。そして、抱きかかえられている絢瀬が、ヴィンチェンツォの片手を遊び道具にするのもまた、いつものことだ。
右手で絢瀬の細い腰を触りながら、ヴィンチェンツォは左手を好きに触らせている。かさついて、ふしくれだった関節を愛おしそうに撫で回され、少しくすぐったい。
「ずいぶん違うのね」
「うん?」
「あなたと、わたしの手の大きさよ」
「ああ……それは、これだけ体格差があるんだから違うだろうね」
そういうと、ヴィンチェンツォは絢瀬の好きにさせている左手を見る。自分の左手の上に、白い絢瀬の左手が乗っている。地黒のヴィンチェンツォの手の上に、色の白い絢瀬の手は目に毒なほど鮮やかだ。
決して彼女の手は小さいわけではない。大人の女性としての平均はあるだろう。五インチのスマートフォンの操作をする姿を見ていれば、小さな手だとは思わないだろう。
それでも、ヴィンチェンツォの体は規格外に大きい。縦にも横にも大きなその体では、手のサイズも足のサイズも大きくなる。六インチのスマートフォンでも小さく見える。
関節ひとつ分は違うだろう手を見ながら、絢瀬は親子みたいね、と笑う。
「君と親子だったら、こんなことできないよ」
「ふふ、そうね。でも、あなたの手を見てると、わたしの手、こんなに小さかったのかと驚いちゃうわ」
「いつもね、潰さないように気をつけてるんだよ?」
「あら、それは嬉しいわね」
甲の上に乗っていた手を、そっと剥がして、ヴィンチェンツォは絢瀬の手を握る。指を絡めて、恋人繋ぎだ。
離さない。そう言外に告げられたようで、絢瀬はくすくす笑う。
「なんだい? 今日はご機嫌じゃないか」
「あなたがかわいいものだから、つい」
「私をかわいいっていうの、アヤセとアヤセのマードレくらいじゃないかな」
「あら、そうかしら。かわいいって言われるの、嫌だった?」
「好きな人に思われるなら、なんでも歓迎さ」
でも、どうせならかっこいいって思われたいかな。
そういった彼に、絢瀬はけらけらと笑う。楽しそうに笑う彼女に、笑ってくれるならかわいいでもいいか、とヴィンチェンツォは考える。
「あなた、手、かさかさしてるわね」
「んー? まあ家事もするから、多少はね」
「ハンドクリーム塗らないの?」
「うーん、ベタつくのが好きじゃないんだ」
「それは出し過ぎなだけじゃない?」
「そうかも?」
今度買ってこようか。そう提案する絢瀬に、匂いのないものでお願いするよ、というヴィンチェンツォ。
左手を繋いだままなことに思い出した彼は、にぎにぎと絢瀬の手の形を確かめるように握る。
「どうしたの」
「好きだなあ、って」
「ふうん」
「嬉しくなかった?」
「嬉しいけど、どうせなら顔を見ていって欲しかったわね」
「なるほどね! ふふ、昔のアヤセだったら、恥ずかしいからやめて、って言ってたのになあ」
「誰かさんのせいで、すっかり慣れちゃったみたいね。そういうこと言われるのに」
「いいことじゃないか。気持ちは言わなきゃ伝わらないんだからさ」
絡めていた手を離して、ヴィンチェンツォは抱えていた絢瀬の体を反転させる。向き合った二人は、視線を絡め合う。
数秒ほど絡めていた視線は、どちらともなく口付けをする合図になる。
触れるだけのバードキスを落として、ヴィンチェンツォは、デートでもするかい、と尋ねる。
「あら、ずいぶんと急ね」
「なんだか、アヤセと出かけたくなったんだよ」
「なぁに、それ。仕方ないわね、コンビニでも行く?」
「いいね。ついでに雑誌が見たいな」
「なら、本屋にする? 駅まで歩かなきゃいけないけど」
「ああ、そっちの方がいいね」
今は世界に君を見せつけたい気分なんだ。
そう言ったヴィンチェンツォに、絢瀬はぽかんとする。言葉の意味を理解すると、彼女は耳を赤くさせながら、馬鹿な人、と目を伏せて笑った。