title by alkalism(http://girl.fem.jp/ism/)
ちゅんちゅん、ちゅんちゅん。小鳥の囀りの音を模したアラームがベッドヘッドから聞こえてくる。
「んんん……ふああ……」
休みの朝、ヴィンチェンツォが眠たげな声を出しながら、目をこする。抱きかかえていた絢瀬の寝顔を寝起き一番に見て、彼は満足そうに彼女の頬に口づけを落とす。
腕を伸ばしてヘッドボードに置いてあるスマートフォンを取る。充電のケーブルを引き抜き、画面つける。いつぞや、絢瀬とデートをした時に撮影した写真がロック画面に表示される。写真の中の絢瀬はツナのおかずクレープを食べようと、小さな口を開いてるところだった。
写真の上に表示されている時刻は、タイムカードを切っている時間だった。しかし、今日は休日なので何の問題もない。
腕に抱えていた絢瀬を解放して、ヴィンチェンツォはベッドから出る。遮光カーテンを開けて、日差しを部屋に取り入れると、再びベッドに潜り込む。
「んん……今日もいい天気だなあ……」
もぞもぞとベッドに潜り直して、ヴィンチェンツォは絢瀬の体を抱きしめなおす。ほのかに汗の匂いがして、彼女が生きていることを感じる。そして、それは昨晩、汗をかくことをしたから感じるのだとも。
恋仲の、妙齢の男女が二人、大人しくベッドに入る日もあれば、少し大人しく入れない日もある。たまたま、昨晩はそういう日であったのだ。
小さく口を開いて、すうすうと寝ている絢瀬を見ながら、ヴィンチェンツォは形のいい彼女の頭を撫でる。さらさらの指通りのいい髪が無骨な指を滑る。
さらさらの髪をいじっていると、気になるのか絢瀬は身じろぎをして寝返りを打つ。ヴィンチェンツォに背を向ける形になったのが面白くないのか、彼は絢瀬を自分の方へとひっくり返す。
「うーん、ぐっすり寝てるなあ」
ヴィンチェンツォが触っても起きないほど、眠っている絢瀬。そんな彼女に、昨夜は無理をさせすぎたかな、と彼は昨夜を思い出す。
彼女の情欲に濡れた声、仕草。まぐわい、一枚人工物越しに吐き出したものまで思い出して、下半身に血流が集まる気配を察する。
自分もまだまだ若いなあ、と思いながら、昨夜の思い出を振り払うように頭を振る。半ば立ち上がりかけているそれに対して、休みだからと自堕落な生活は彼女に嫌われるから、と邪な熱を振り払おうとする。
そもそも眠っている相手を美味しくいただこうとするのは、彼の信条に反するのだが。
いつまででも愛する人の寝顔は見ていられるが、そろそろヴィンチェンツォの腹が空腹を訴えてくる。仕方ない、と諦めて彼は絢瀬の唇に自身の唇を重ねてからベッドを後にする。
ペタペタとルームシューズを鳴らして、ダイニングに向かう。
コップに注いだ水を一口飲んでから、ヴィンチェンツォはカップをエスプレッソマシンにセットする。
ボタンを押して一杯分のエスプレッソを抽出している間に、今朝の朝食に使うハムとトマト、バゲットを冷蔵庫から取り出す。ハムのパッケージを剥がして、トマトをスライスしていると、コーヒーの香りが鼻腔をくすぐる。
やはり朝はこうでないと。そう思っていると、ダイニングと廊下を繋ぐ扉が開かれる。
「チャオ、アヤセ」
「チャオ、ヴィンス。……あら、今日はハムとトマトのサンドイッチなの?」
「そのつもり。違うのがよかった?」
「いいえ。ハムとトマトのサンドイッチ、好きだもの」
ただ、いつもの朝ご飯より豪華だなって思っただけ。
そう微笑んだ彼女は、エスプレッソが入った小さなカップをヴィンチェンツォに手渡す。受け取った彼は、それにグラニュー糖を入れる。二、三杯入れて、ティースプーンでかき混ぜると一息にあおる。余韻を楽しみながら、彼は底に溶け残ったグラニュー糖をティースプーンでかき集めて口に入れる。
満足した彼はシンクにカップを置くと、手慣れた手つきで切れ目を入れたバゲットにバターを塗っていく。
「ねえ、アヤセはいくつ食べる?」
「一つでいいわよ。わたし、そんなに食べられないわ」
「そう? じゃあ、あとは私が食べるよ」
アヤセもおかわりしたくなったら、早めに教えてね。
そう笑う彼に、大丈夫よ、と笑う絢瀬。マグカップを取り出して、彼女はマシンにセットする。ミルクをミルクコンテナに注いでセットする。あとはボタンを押すだけで、カプチーノの完成だ。
マシンが稼働している間、絢瀬はテレビをつける。土曜日の午前中は、めぼしい番組は特になく、人気のある芸人と俳優を起用した情報番組が流れているばかりだった。
新装開店したフルーツパーラーや、日本初上陸したらしい海外の飲食店の話題が流れているのを聞きながら、ダイニングテーブルに作りたてのカプチーノを二人分用意する。
「アヤセ、食器を持ってきてもらえるかい?」
「ええ。これでいいかしら?」
「ありがとう」
完成したサンドイッチを皿に乗せる。絢瀬がテーブルまでそれを運ぶ。二人は椅子に腰を下ろすと、手を合わせる。
サンドイッチを咀嚼しながら、ヴィンチェンツォは今日は予定はあるのかと尋ねてくる。
「今日? 特にはないけれど」
「そっか。じゃあ、デートなんてどう?」
「あら、どこに連れて行ってくれるのかしら」
「アヤセ、この間見たいって言っていた映画あったでしょう?」
「ええ。そんな話もしたわね」
「どうかな。チケット押さえたんだけど……一緒に行かないかい?」
ウィンクとともにスマートフォンの画面を見せる。そこにはすでに決済済みの映画のチケットの名前が映し出されていた。
断られることがないと思っての購入をするヴィンチェンツォに、もし予定が入っていたらどうしたのよ、と苦笑する。
「その時は……って、言っても、アヤセは予定があるなら、早く教えてくれるからね」
「あら、ずいぶん信用されているのね、わたし」
「そりゃあ、好きな人を疑ってかかる人間なんていないでしょう?」
からからと笑って、ヴィンチェンツォはカプチーノを飲み干す。空になった皿を食洗機に入れていると、絢瀬もまた空の皿を持ってくる。
食洗機で洗いながら、映画の予約は何時からなのか尋ねる。十四時からの回のものだと言う。
「お昼を食べても余裕がありそうね」
「うん。どうかな? 駅ビルのシアターだし、同じビルでプランゾにするのは」
「ふふ、いいわね」
新しいお店もあるかしら、楽しみだわ。
絢瀬が期待に胸を膨らませていると、創作料理のお店が入ったらしいよ、とヴィンチェンツォが言う。
「創作料理……気になるわね」
「混んでいなかったら、そこにするかい?」
「そうね、そうしましょう」
楽しそうに笑う彼女に、久しぶりにデートだね、とヴィンチェンツォも同じように笑った。