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それは急な業務命令だった。
三連休を前にしたアオキに降って襲いかかってきたのは、ホウエン地方への視察の指示だった。バトル施設の視察を指示された時のアオキは、急だな、という思いがぼんやりと浮かんだ。まるで他人事のように浮かんだ感想と、拝命する是の答え。
覇気のないアオキに、オモダカは突然のことですし、と前置きをしてから告げる。
「連休明けに帰ってきてくださるなら、帰りの便は指定しませんよ」
「……は?」
「なにせ、急な話ですから。二泊分までなら宿泊代は経費で落としますが、それ以上宿泊しても構いませんよ。経費では落ちませんが」
暗に三連休をホウエン地方で楽しんできてもいい――そう言ってるんですよ、と言わんばかりの顔をしている彼女に、アオキは前回の休日に家に来た青年のことを思い出す。
ちょうど昼間の情報番組で取り上げられていたのは、ホウエン地方のポロックというポケモン向けのお菓子だった。いくつかのきのみを専用の機械で混ぜて作られるというそれは、彼の地では有名なお菓子らしい。さまざまな色味のポロックを見ながら、マフィティフの背を撫でながら食わせてえな、と言っていたのだ。
彼の分の宿泊代は自分が身銭を切ればいい。そうすれば、食べさせたいと言っていたものを現地で食わせることができる。アオキは食べることが趣味で好きなことだ。おいしいものは出来立てならばよりおいしいのだ。自分一人がホウエン地方を訪れて土産でポロックを買ってくるよりも、本人を連れていき、本人が食べさせたいものを選んだ方がいいだろう。
笑みを深めるオモダカから目を逸らして、アオキは出張の支度があるので、と部屋を後にする。そこからの仕事はいつもよりも数倍の速さで片付け、先方のバトル施設との打ち合わせも終えて、終業時刻より三十分ほどの残業でタイムカードを打刻することに成功した。
――
「出張でホウエン地方に? 大変だな」
スマホロトムにビデオ通話を繋げさせると、少し驚いたペパーの顔が液晶画面にあらわれる。アオキさんから電話なんて珍しいじゃん、明日はあられでも降るかもな、などと減らず口を叩きながらペパーの顔は緩み切っている。
着古してくたっとしたグレーのスウェットを着た彼の前に、アオキからの電話に気がついたマフィティフがのそのそとやってくる。わふっ、とひとつ鳴いた大きなおやぶんポケモンは、ペパーの隣に座っている。その巨躯から見えないが、ふさふさの尻尾も振っていることだろう。
「いいなあ、ホウエン地方。あ、仕事で行くんだよな……アオキさん、ちゃんと休めてるのか?」
「ええ、まあ……。……ところで、ペパーくん。三連休は何かご予定はありますか?」
「え? 別になにもないから、マフィティフたちとピクニックしようかなってくらいで……」
「君にアカデミーを病気でもないのに休ませるのは、大人としていかがなものかと思うのですが、君さえ良ければ一緒にいかがでしょうか」
「え? なにが?」
「ホウエン地方に。上司からも、視察が終われば連休明けまでに帰ってくるなら自由にしていい、と許可を得ています」
「で、でも」
「ポロックをマフィティフさんに食べさせたいのでしょう? でしたら、一緒にホウエン地方で好みの味のものを探した方がいい。自分が選んだお土産のポロックを渡すよりも、あなたが選んだ物のほうがいいでしょうから」
「いいのか? 邪魔じゃ、ないか?」
「邪魔じゃないから誘っています」
キッパリと言い切ったアオキに、う、と少し躊躇っている様子のペパーだったが、通話の内容を聞いていたマフィティフが、まるで行きたいんだろ、と言わんばかりにばふっ、と鳴く。そうだけどさあ、とマフィティフの首を撫でるペパーは、あー、ともうー、ともつかない声をあげてから、旅行初めてだから私服とかない、とぼそぼそと目線を逸らしながらなんとも言えない返事をする。
それは肯定と捉えていいのか、とアオキが尋ねれば、彼は首を縦に振る。アカデミーまで迎えに行こうか、と尋ねれば、それは目立つからやめてくれ、とペパーは首を左右に振る。くたびれた自分がそんなに目立つだろうか、とアオキは考えるが、当人の意見を尊重するべきだと判断する。
ハッコウシティの飛行場から向かいます、と告げれば、現地で待ってると笑うペパー。
「移動方法や宿泊先は自分が手配しますので、ペパーくんは安心してください」
「それは助かるけど……お金とか……」
「経費で落ちますから、自分の財布は痛みませんよ」
「そうなのか?」
「はい」
「それじゃあ、アオキさんお願いしてもいいか?」
「わふ」
「任せてください」
厳密にはアオキの分の二泊分だけが経費で落ちるのであって、ペパーの宿泊代も交通費もアオキの財布から出るのだが、そのことはあえて伝えないでおく。それを伝えれば、せっかくの機会を彼は断るだろうということは火を見るよりも明らかであるからだ。
仕事はあるが、それさえこなしてしまえば親しく想っている相手との旅行なのだと思えば、憂鬱な仕事も少しは気持ちが軽くなるものである。
そろそろ寝ないと、という彼に、先生にちゃんと休む旨は伝えておくようにとだけ告げて、アオキはビデオ通話を切るのであった。