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ホウエン地方・カイナシティにあるビジネスホテルは今日もそれなりににぎやかだ。トレーナー御用達のポケモンセンターで休む人も居れば、ポケモンセンターではプライベートを確保できないというトレーナーが利用したり、職業バトルトレーナーではないビジネスマンたちが利用するのがこのビジネスホテルだ。ベッドが二つのツインルームや、シングルルームなどを用意しており、ポケモンを出しても大丈夫なように丈夫で、それなりに広い作りになっている。
その二人が訪れたのは、他の地方からの客も訪れるこのホテルでは珍しくはないことだった。それにしても、不思議な取り合わせではあった。どこにでもいそうな(少し不思議な髪色はしていたが)くたびれたサラリーマンと、栗色の髪に濃い色味のメッシュがいくつか入った、やたら大きなリュックサックを背負った青年の二人連れだった。
まつ毛バシバシで美形のお兄さんだなあ、と思いながらサラリーマンの覇気のない声で名乗られる。確かにツインルームで予約は入っていたから宿帳に名前と住所を書いてもらう。必要なら領収書名も、といえば彼は領収書名もサラサラと書いていく。反対側から見下ろすが、猫背の彼が書く文字は逆さまでも読みやすい。パソコンに打ち込みながら、住所を見て、パルデア地方から来てるのかと少し驚く。僕の覚えではここを使うのは、遠くてもせいぜいがシンオウ地方くらいだ。
「領収書なんですが……ああ、ペパーくん。すまんのですが、あちらから必要そうなアメニティを取ってきてもらえますか」
「ん? 分かったぜ」
「たすかります。……領収書ですが、一人分の宿泊代を二日分で。但し書きに二日分宿泊の旨を記載いただければ……」
「そうなると手書きになりますが……」
「それで構わんので……」
「少々お待ちください」
指定された宛名――ポケモンリーグパルデア支部営業部と書く手が少し震えたのは、今まできた人のどれよりも驚いた部署だからだ。少し歪んだが、僕の文字はそもそもそこまで綺麗ではないので問題ないだろう。
全体の金額を日数と人数で割るか、予約サイトの一名一泊あたりの金額で割るか尋ねれば、サラリーマンは少し考えた後に全体の金額から、と返してくる。その通りに計算し直して金額を書き込む。指定された額面での記載など、この仕事をしていればよくあることである。
クレジットカードの控えと領収書を手渡すと、アメニティを取りに行っていた青年が戻ってくる。両手にインスタントのコーヒーと紅茶、スティックシュガーを持っている。長財布に領収書をしまった男性は、彼に礼を言っている。手書き領収書を片付けてから、部屋の案内をする。
グレードだけで言えば、このビジネスホテルでは中程度のツインルームの鍵を渡す。主電源の付け方、Wi-Fiの案内をする。それだけの館内案内をしてから、青年の方があのー、と尋ねてくる。
「すいません。このへんでうまいご飯屋さんあります?」
「そうですね……正面の玄関を出て、ポケモンセンターの手前の道を左に曲がると魚料理のうまいレストランがありますよ」
「じゃあ、今晩はそこにしようぜ、アオキさん」
「ええ、そうしましょう」
夕飯が決まったふたりは、そのまま部屋に向かうためにエレベーターに向かう。ごゆっくりどうぞ、とその背中に投げかけて、僕は宿帳をキーボックスに仕舞うのだった。
それにしても、くたびれたサラリーマンと快活そうな大きなリュックサックを背負った顔のいい青年の取り合わせはなかなか見ないよな、と次の客がこないのをいいことにぼんやり考えていた。
*
フロントマンに鍵を預けて、アオキとペパーはカイナシティを歩いていた。すっかり日が暮れた街は、街灯と建物から漏れる灯りで昼間とは違う雰囲気を見せている。
空港の検疫で少し時間を取られたこともあり、昼飯を食いっぱぐれて適当なコンビニに飛び込んで買った菓子パンひとつだけだった二人の空きっ腹に、いい香りがクリティカルヒットするものだから、自然と店に向かう足が速くなる。
マフィティフが食事を食べられない時期に食事の量が自然と減っていたペパーはともかく(現在は徐々に体格に見合った量を食べられるようになりつつあって、密かにアオキは喜んでいる。成長期の子どもはしっかり食べるべきであるからだ)、日頃から食事が趣味であり、食べることが好きなアオキからすれば、菓子パンひとつでは到底腹が満たされたとは言いがたい。それもあってか、アオキの足は自然と速くなり、追いかけるペパーはどれだけ腹ぺこちゃんなんだよ、と自然と笑みが口元に浮かんでしまう。
「ポケモンセンターが見えてきたから……あそこで左だっけ」
「手前の道、と言っていましたからそうでしょう」
「こっちのポケモンセンターはちゃんと建物なんだな。なんか、不思議な感じだ。フレンドリィショップも別の建物だし」
「自分がパルデアを訪れた時も同じことを思いましたよ。吹きっさらしで同じ建物にあるのが不思議でした。特に在庫はどうしているのか、と」
「あー……在庫に関してオレも疑問なんだよな……」
大量のモンスターボールはどこに納めているんだろう、と不思議そうな顔をしながら、二人は夜のカイナシティを歩いていく。教わった通りに街を歩いていけば、一軒の店が見えてくる。どうやら、店が立ち並ぶ通りのもっとも手前にある店らしく、海鮮レストランの後ろにも多くの飲食店が軒を連ねている。
どの店を利用するか少し二人で悩んでから、せっかく教えてもらったのだし、と予定していた店のドアをアオキは開ける。店員の元気のいい迎え入れる声と共に、何名様ですか、と尋ねられる。二名、と周囲の音に消えるアオキの声を上書きするようにペパーが、ふたり、と返事をする。すぐさま案内されたカウンター席で、二人はお冷やとカトラリーの入ったボックスを置かれる。そのままメニューを指さされて、決まりましたらボタンを押して呼んでください、とだけいうとウェイターはキッチンに引っ込んで、料理を両手に乗せて出てくる。
夕飯時で活気に溢れる店内をくるり、と見渡したペパーはメニューを開いて吟味しているアオキの手元に視線を落とす。新鮮な魚介類を豊富に使った料理のほとんどがペパーにはなじみの薄いものだったが、どれも掲載されている写真を見る限りおいしいだろうことが分かる。
「イカのシュウマイ?」
「気になりますか」
「食ったことねえから……ちょっと気になる」
「なら食べましょう。昔食べたことがありますが、なかなかうまかったですよ」
「アオキさんがうまいって言うなら、本当にうまいんだろうなあ。じゃあ、それと、あとは……サバカレーってやつにするか。カレーならなにが来ても食べられるしな」
「うまそうですね、それも。……自分はそれと、天丼にしましょう。ご飯は大盛りで」
「どんだけ腹ぺこちゃんなんだよ……」
「昼が菓子パン一つでしたので……」
「まあ、たしかに普段の量からすれば少ないっちゃ少ないけども……」
そんなやりとりをしながら、呼び出しのボタンをぽち、と押したペパーは注文をあたたかいおしぼりで手を拭う。おしぼりを四つに畳んでビニールの袋の上に置きながら、ちら、とアオキの方を伺えば、彼は手にしたおしぼりで手を拭いたついでに顔を拭いている。その隣の席の中年男性も同じ事をしているものだから、年を取るとあれを無意識にするものなのかもしれないな、とペパーはそっと言葉に出さずに考えるのだった。