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仕事があるから、と朝早くから出かけていった(しっかり朝食バイキングで周囲が驚くほどに食べていった)アオキを見送り、ペパーはアカデミーからの課題に取り組む。事前に休む旨を伝えたところ、難色こそ示されたが、他地方に赴くことは良い刺激になるだろう、と言われて方々から課題が与えられることで解決させたのである。それは元より単位が足りていないペパーにとっては普段の授業に追加して出している課題が、少しばかり増える程度だったからなんということでもないのだが。
元より地頭は良い方であるペパーであるし、課題に向き合うことは苦痛ではない。ホテルに併設されているラウンジで、注文したあたたかな紅茶がゆっくり冷めていく時間の間、黙々と課題を消化していく。ひたすらシャープペンシルを動かして、時々紅茶を飲む。すっかり紅茶が冷え切る頃に、追加の注文でデザートを頼む。働き詰めの頭には糖分が必要である。ヒメリのみがあしらわれた可憐なケーキがテーブルに届くと、広げていた課題のノートを片付けてケーキに舌鼓を打つ。渋みがないヒメリのみだが、散々な味がするのもあり、シンプルで可憐なケーキに奥深さを出している。
そういえば、とペパーは普段料理はするが菓子作りはあまりしないことに気がつく。どうしても親が居ないが故に食事は自分で用意しなくてはいけなくて、栄養バランスと見た目の両立を考えるがちだった。それゆえに、あまり間食に向いたものを作ることがなかったことに気がつく。ここ最近、他人に食事を作ることが増えたとは言え、菓子を作ったことはなかっただろう。一番よく食べてくれるアオキはサンドイッチやおにぎりのほうが嬉しいだろう、というのもあるが。アカデミー内の友人達も、サンドイッチが食べたいと来るものだから、どうしても食事が中心になる。
ケーキはともかく、クッキーくらいなら作ってみようかな、とアカデミーの寮にある自宅のキッチン設備を思い返す。ホットプレートならたしかしまい込んでいたがあったはずだ。それを使えばどうにか作れるかも知れない。そんなことを考えながら、ペパーはケーキを平らげる。
課題もキリが良いところまで進んだこともあって、会計を済ませてラウンジをあとにする。随分座って勉強をしていたからか、身体のあちこちがバキバキと音が鳴りそうだ。借りた部屋に課題のノートを置きに向かい、フロントで鍵を預ける。自動ドアをくぐって外に出ると、ぽん、と下げていたモンスターボールからマフィティフが出てくる。
「マフィティフ、どこから見て回ろうな」
「ばふ」
「パルデアと全然違ぇから、どこから見ても面白そうだよな……やっぱ、ここはコンテストってやつから見にいくか」
「わう!」
マフィティフを連れて街を歩けば、子ども達が珍しいポケモンだ、と指を指してくる。中には撫でてもいいかと尋ねてくる親子連れもいるから、ペパーは都度マフィティフに確認を取って撫でさせる。ポケチューブで見たブラッシングを試しているからか、ここ最近のマフィティフの毛並みは驚くほどにさらさらのつやつやだ。さらさら、と一通り撫でて喜ぶ離れていく子ども達を見送りながら、ペパーはコンテスト会場に向かう。そこには多くのポケモンを連れた人が居たが、どうやら今日のコンテストは午前中だけで、午後はステージの調整で臨時休業するらしい。
運が無かったな、と言いながら会場に貼られているポスターや撮影された過去のコンテスト内容を見て回るペパーとマフィティフ。写真やビデオ越しでも、出場しているポケモンたちの毛並みは美しく、繰り出される技の数々は計算しつくされた美しさだ。考えられた演技構成に、実際に見たらもっと感動するんだろうなあ、とペパーは液晶モニターの前でマフィティフに話しかける。
一通り見て回った彼らは、コンテスト会場をあとにする。潮風に導かれるように海岸に向かって歩くと、にぎやかな声が大きくなってくる。カイナ市場、と書かれた看板の向こうには、多くの店が並んでいる。
来た時から気になっていた市場に足を踏み入れると、ポロックの材料になるきのみや、ポケモンを鍛えるための道具や栄養ドリンクにわざマシン、ぬいぐるみや家具が並んでいる。
きのみを売っている出店で話を聞けば、ポロックは装置さえあれば自分たちで作れるらしく、気のいい店主は使い古しでよければと彼自身が持っていたポロックキットを譲られる。申し訳ない、と辞退しようとするペパーに彼は、きのみは自腹切ってくれればいいから、と豪快に笑う。それなら、とそれなりにきのみをまとめ買いするペパーに、店主は説明書も中に入ってるから、よく読んでくれよ、とオマケだ、ときのみをさらに追加して渡してくれる。
リュックサックにきのみとキットを仕舞い込みながら、あとで作って食わせてやるからな、とマフィティフの頭を撫でる。ばう、と楽しそうに鳴いたマフィティフを見ながら、店主は珍しいポケモンだな、とマフィティフをまじまじと見る。
「オレ、パルデアから来ててさ」
「パルデア!? また遠くから来たもんだな」
「その、こっちに来る用事がある人が一緒にどうだ、って誘ってくれてさ」
「そりゃいい人だなあ。なら、ちっとばかし遠いんだが、フエンまで行って、温泉入るといいぞ。長旅の疲れも吹っ飛ぶぜ」
「オンセン?」
「ああ、馴染みがないのか。でけえ風呂だな! 肩こり腰痛筋肉痛に関節痛……色々な効能があるから、リフレッシュできていいぜ。ポケモンの風呂もあるしな」
「へえ! それはいいな。アオキさんも誘って行ってみるか」
「そのアオキさん、って人も喜ぶんじゃないかね。ま、ホウエン地方、楽しんでってくれよ!」
手を振って別れを惜しむ店主に大きく手を振りかえしてペパーは次の店に向かう。可愛らしいぬいぐるみの中に、見覚えのあるチルットドールを見つけてしまって、うっかり買ってしまったりしていると、音符がついたマットや、レンガを取り扱っている店の前でマフィティフが足を止める。
どうした、とペパーが同じように足を止めると、マフィティフはくぅん、とマットに興味があるそぶりを見せる。店主が触ってみなよ、とその足元にマットを置いてくれるものだから、マフィティフはそろそろと足を乗せる。すると、ラの音がたからかに鳴るではないか。
マフィティフもペパーもそれに驚いていると、店主が音符マットという模様替えのグッズだと教えてくれる。詳しく聞けば、秘密基地を作るのがホウエン地方のブームらしく、そこに置くためのグッズらしい。秘密基地向けのグッズとはいえ、自宅に置いてポケモンや子どもたちと遊ぶ人も珍しくはないらしい。
パルデアの自室に置いてもいいかも、と音が鳴ったマットを買う。ついでに他の音が出るものも何枚か買う。これは踏むとキラキラするよ、と言われて、試しにマフィティフに踏ませると、きらきらしたマフィティフになるものだから、アオキの同僚であるチリあたりが面白がりそうだと二枚ほど買う。
予想以上に買い込んだな、と店を後にしてからペパーが増えた荷物をリュックサックに入れていると、日が傾き始めてきた。今日の夜はどこで食べようか、とペパーがホテルのインフォメーションカウンターにあった飲食店マップを開いていると、スマホロトムに着信がある。
タップしてメールを開けば、それはアオキからのものだった。順調に仕事が終わりそうだというもので、今日は朝に約束した時間にはカイナシティに戻れそうだというものだった。
「今日もアオキさん早く帰れるってさ」
「わふ」
「へへ、アオキさんにキラキラマット踏ませてみようぜ! どんな顔するんだろうな」
「わう」
「一枚はチリさんへのお土産ってことで、アオキさんに渡してくれってお願いするか」
「ばう」
「喜んでくれるといいよな」
まるで喜んでくれる、と言わんばかりに吠えたマフィティフの声に合わさるように、ばさばさとキャモメたちが街灯から飛び上がった。