ぴぴぴ、ぴぴぴ。
めざまし時計が鳴る。アラームの音に気がついた絢瀬が、布団から腕を伸ばして止めようとする。しかし、目を閉じたまま伸ばした腕は、アラームまで届かない。ヘッドボードにすら届いていない細い手は、ぺた、とヴィンチェンツォの頭に落ちる。
当然、アラームを止めていないのだから、めざまし時計はなり続けている。しかし、絢瀬は寝ぼけているのか、まだ眠りの国にしっかり沈んでいる彼女は、ヴィンチェンツォの頭をぺちぺち叩いている。
叩かれているヴィンチェンツォは、ずっと頭を叩かれているからか、それとも鳴り続けているめざまし時計の音に起こされたのか、薄く目を開ける。
腕の中に抱えている彼女は、すっかり眠りこけている。細く白い腕が彼の頭に触れているのを感じて、ヴィンチェンツォは微笑ましくなる。今日は日曜日だから、好きなだけ眠っていい日だ。
ぱちん、とヴィンチェンツォはめざまし時計のアラームを止める。静かになっためざまし時計をそのままに、彼はもう一度絢瀬を抱え直すと目を閉じる。
朝早く起きる必要がないのだから、二度寝したっていいのだ。だらだらと過ごすのも、休日の過ごし方である。
目が覚めた時には、もうすっかり日は高く登っていた。好きなだけ眠っていた体はすっかり軽く、疲労は感じられない。
絢瀬は目の前にある布地にすり、と頬を擦り付ける。とん、とん、と規則正しく拍を打つ心臓の音を聞いていると、むう、とヴィンチェンツォが唸る。
起こしたか、と絢瀬が顔を上げるとヴィンチェンツォが目を開く。絢瀬の体に巻き付いていた彼の腕が持ち上がり、彼女の頭に触れる。さらさらとした髪を撫でながら、ヴィンチェンツォはチャオ、と挨拶する。
「チャオ、ねぼすけさんね」
「君もじゃないか。そろそろ起きるかい?」
「そうね。たくさん寝たから、満足したわ」
「そうだねえ。……ふふ」
「? どうしたの?」
いい夢でもみたのかしら。
絢瀬が不思議そうに尋ねると、ヴィンチェンツォは君ったらかわいい寝ぼけ方をするよね、と笑う。身に覚えのない絢瀬は、至極不思議そうに首を傾げる。
「どんな寝ぼけ方をしたのかしら……」
「私の頭をさ、めざまし時計のアラームだと思って叩くんだもの。かわいい寝ぼけ方をするだなんて、ずっと一緒にいたのに知らなかったよ」
「やだ。そんな寝ぼけ方をしたの? 恥ずかしいから、そのことは忘れてくれないかしら」
「いやだよ、かわいいもの」
くすくすと笑うヴィンチェンツォに、これはどうにもならないと絢瀬は肩をすくめる。こうなった彼は、なにがあっても意見を変えないのだ。
鼻歌を歌いながら、ヴィンチェンツォはキッチンに向かう。その後ろをついていく絢瀬は、今日は朝は何かしらと尋ねる。この間買ってきたパンだよ、と返ってくる。
「あら、どこのパンかしら」
「前に君と行ったパニフィーチョのパンだよ。おいしかったから、また買いに行ったんだ」
「そうだったのね。何を買ってきたのかしら」
前と同じもの、と尋ねる絢瀬に、クロワッサンは買ってきたよ、とヴィンチェンツォは教える。
彼が皿に並べ出したのは、クロワッサンとスコーンサンド。そしてカレーパンだった。クロワッサンとスコーンサンドはよほど気に入ったのか、三つも買ってきている。
「クロワッサンひとつもらおうかしら」
「ひとつでいいのかい?」
「十分よ。あなたも食べすぎちゃダメよ?」
「私は食べた分動くから大丈夫さ。それより、アヤセはもっと食べた方がいいよ」
あんまり細いと、心配になっちゃうよ。
クロワッサンをかじりながら、ヴィンチェンツォは指摘する。そう言われても、そんなに入らないわよ、と絢瀬は答える。
「これでもよく食べるようになったのよ? あなたが、いつもおいしいご飯を作るから」
「それはよかったよ。もっと食べてくれると嬉しいんだけどね」
「善処するわ」
「流石に学んだよ。それ、ノー、でしょ」
「ふふ、どうかしらね」
最後の一口のクロワッサンを口に入れた絢瀬は、ごちそうさま、とカプチーノを口に含んだ。