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手に帆布のエコバッグを提げたヴィンチェンツォがリビングの扉を開ける。近所のスーパーの二階に入っている百円ショップから帰ってきた彼は、絢瀬に帰宅の挨拶をして、エコバッグの中身を取り出す。
「ただいま」
「おかえりなさい。売ってたかしら」
「もちろん。それにしても、結構撮ったよね、写真」
「本当、そうね。アルバム、そろそろ新しいものになりそうね」
「まったくだよね。でも、君といるともっと写真を撮るんだろうなって思うよ」
ヴィンチェンツォはアルバムの台紙を取り出す。それはここ数ヶ月の間に二人がデートの際に撮影した写真だった。厳選したりしない、風景の写真や、食事をする絢瀬の写真、店先で買ったドリンクを飲むヴィンチェンツォの写真が何枚もある。
それらを丁寧に取り上げて、絢瀬は台紙に滑り込ませる。一枚ずつファイリングしていくたびに、記憶の中の出来事が思い起こされるようだ。
「あ、これアヤセの職場の人がおすすめだって言ってたお店のだね。懐かしいな」
「え? あら、本当だわ。叶渚には感謝しかないわね、本当。どこからおいしいお店を探してくるのやら」
「彼女には感謝しかないな。おかげで、アヤセからデートのお誘いをしてくれるんだもの」
「あら、そんなに? それじゃあ、今度情報料で彼女とデートしてこないと」
「私以外とデートしてほしくないけど、今後のデートのために見逃すしかないね、それは」
くすくす笑いながら、ヴィンチェンツォはもう予定が立ってそうだね、と尋ねる。バレちゃったわね、と絢瀬はいたずらっ子な笑みを浮かべる。どこに行くか知らないけれど、おいしいお店なら教えてね、とヴィンチェンツォはアルバムの台紙をひっくり返す。
裏側にも写真を入れながら、また温泉行きたいね、とヴィンチェンツォは呟く。去年行った旅館はご飯がおいしかったわね、と絢瀬が呟けば、あそこにまた行こうよ、とヴィンチェンツォが提案する。
「それもいいわね。前は秋だったから、今度は初夏の時期に行きましょう。ゴールデンウイークがいいわね」
「そうしよう。早めに予約しておこうよ。大型連休はすぐに部屋が埋まってしまうよ」
「そうね。写真を入れたら、旅館の予約を入れましょうか。あとで手帳取ってこないと」
「ふふ、もう半年先の予定ができちゃったね。しあわせだよ」
「本当ね」
くすくす笑いながら、二人は半年先の予定を立てて行く。インカメラで自撮りした、旅館と秋の紅葉を背景にした写真を撫でる。色づく広葉樹たちも、季節が違えばまた違う表情を覗かせることだろう。
アルバム台紙に最後の一枚を差し込む。アルバム用のホルダーに台紙をまとめて差し込むと、もうこれ以上差し込むとページをめくるのに苦労するだろう、と言うのがわかるほどに膨らむ。もうこんなに埋まったんだね、とヴィンチェンツォは微笑む。
「また新しいアルバムを買わなきゃいけないわね」
「素敵なことじゃないか。私たちの思い出がまた増えていくんだから」
「そうね。これからもたくさん写真が増えるんでしょうね……今から買いに行く?」
「そうだなあ……そうしようか。また今度、ってすると忘れそうだよ」
「そうね、先延ばしにしたら忘れそうだもの。ああ、でもその前に、」
旅館の予約しないとね。
そう笑った絢瀬は、その前に手帳取ってくるわ、とソファーから立ち上がる。予約画面まで進めておくね、とヴィンチェンツォは自分のスマートフォンを指差す。慣れた手つきでブックマークしているオンライン予約サイトを立ち上げる。
宿泊の履歴から以前泊まった旅館を探す。すぐに見つかった旅館のページを開き、さて、と二名一室朝夕付きで――二泊にするか一泊にするかで指が止まる。大型連休なのだから奮発してもいいよなあ、と思っていると、自分のものとヴィンチェンツォの二人の手帳を抱えて、絢瀬が戻ってくる。
「ああ、アヤセ。ちょうどいいところに」
「あら、どうしたの?」
「一泊にするか、二泊にするか悩んでいるんだ。君はどちらがいい?」
「悩ましいわね……ヴィンスはどう? わたしは二泊でも構わないけど……」
「ううーん、前は温泉街でのんびりしたけど、まだ回れてないお店もあったからなあ……アヤセ、君の二日間を私にくれるかい?」
「あら、そんな先の二日と言わず、今すぐの……そうね、明日だってあなたにあげるわよ」
「本当、君は私を喜ばせる天才だね。とても素晴らしい返事だよ。よし、それじゃあ二泊で予約を入れようか」
「ええ、お願い」
絢瀬の返事を聞いて、ヴィンチェンツォは二泊三日朝夕付きの二名一室で予約検索をする。すぐに表示された画面を見ながら、金額順に変更する。残念なことに、何においても予算というものが立ち塞がるものである。その壁は、二人のささやかな半年先の旅行においても、変わらず目の前に立ち塞がってくるのであった。