「あれもこれも食べたいときにさ、食べ放題のお店って凄く素晴らしいなって思うよ。特にスイパラは最高だね。だって、甘いものも甘くないものも食べられるもの」
「そうね……気持ちは分からなくも無いわ。でも、そんなに食べて気持ち悪くならないの?」
「ならないなあ」
「それは……すごいわね……」
絢瀬は苦笑しながらパスタに口をつける。どことなくその様子がゆったりしているのは、気のせいではないだろう。目の前に座る恋人・ヴィンチェンツォが少しずつ――彼基準での少しずつ取ってきた甘い物が原因だった。目に見えて甘い物がたくさん並んでいる。それはそうだろう、ここはスイーツパラダイス。甘い物が食べ放題の店なのだから。甘いものがそれほど得意ではない絢瀬からすれば、恋人にせがまれない限り敷居を跨ぐことすらありえない店だ。
一口サイズのショコラや苺のムースや抹茶が使われたムースなどの他にも、アイスクリーム(お気に入りのバニラアイスをこんもりと持ってきている。そんなに食べたら腹を壊してしまうのではないか、と絢瀬は少しひやひやしている)だけじゃお腹は満たされないよね、とポテトまで用意されている。
健啖家なのは同棲している絢瀬が一番よく知っていることだし、甘い物が好きだというのも彼女がよく知っていることだ。だからといって、これだけ取ってきて、残さず食べられるのかと心配に――なったりはしない。残さずに食べきることができる量しか持ってこないことを、彼女が一番よく知っている。とはいえ、時折近くを通りかかった子どもや女性が、びっくりして二度見したり、すごい量だよ、と指摘するのさえ慣れてしまった。
「あ、このショコラいいね。おいしい」
「そう? それじゃあ、カレーのデザートに食べようかしら」
「うん。君の好みだと思うよ。ああ、でもこっちの抹茶も悪くないな……苺のムースは君には甘いかも知れないね」
「そのぐらいの大きさなら、二つぐらい食べられるかしら……?」
「食べきれなかったら、私が食べるさ。大丈夫。だって、君の手のひらぐらいの大きさしかないんだよ?」
「それもそうね」
欲張りな彼は、ムース一式を頬張ると、アイスクリームを食べながらポテトをつまみ出す。しょっぱいのと甘いのは同時に食べたくなるから不思議だよね、と言っている彼に、口の中が混乱しないのかと絢瀬は笑みの向こう側に悩む。とはいえ、本人が気にしていないのなら、それを他人が指摘をするのは野暮なことだろう、と絢瀬は思う。
それじゃあケーキ取ってくるわね、と席を立った彼女は、いってらっしゃいとヴィンチェンツォに見送られる。
時折補充されながら、大きなプレートに並ぶ、数々の目にも鮮やかなケーキたちに、よくヴィンスは飽きずに食べられるなあ、と感心しながら、絢瀬はショコラと抹茶ムースをトレイに乗せる。ふと喉の渇きも覚えて、フレーバーウォーターのコーナーに向かえば女性達がこれがおいしい、これもよかったと教え合っている。
場所を譲ってもらい、彼女たちがおいしいと言っていた季節限定のジンジャーとクローヴのレモンウォーターを手近にあったコップに注ぐ。
コップを片手に席に戻ると、アイスもポテトも三分の一まで減っていて、本当によく食べる男だと思ってしまう。紙ナプキンで指先を拭っているヴィンチェンツォは、絢瀬が持ってきた飲み物を見て、レモンかい、と尋ねてくる。
「ジンジャーとクローヴのレモンウォーター、って書いてあったかしら。おいしい、って声が聞こえたものだから、試しにね」
「へえ。さっぱりしていそうだね。甘いものたくさん食べたし、リセットするには良さそうだ」
「……ん、そうね。さっぱりしていて、もう少し甘いものが食べられそうだわ」
「君がおいしそうに飲むから、私も飲みたくなっちゃったな。取ってくるついでに、なにか甘いもの用意しようか?」
「お願いしてもいいかしら、ヴィンス。なんでもいいわ……あ、やっぱり、あんまり量はいらないわ」
「任せてよ」
私が君が食べたいものを完璧に用意してみせるよ。そう言うと、ヴィンチェンツォはウィンクする。期待しちゃうわよ、とその形のいい鼻先をつまむ絢瀬の手を取り、期待してよ、と彼は細い指先に口づけをする。それが視界に入ったらしい何人かは、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていたが、絢瀬はすっかり慣れてしまったので、くすくす笑うばかりだった。
フレーバーウォーターのコーナーに向かった二メートルの巨体を見送りながら、彼女は彼が何を選んでくるのか楽しみにしながら、大きめのコップに注いだレモンウォーターをストローで少し啜った。