「ヴィンスのこの手袋も、もう随分長く使ってるわね」
「ん? ああ、それかい。そうだねえ、私が日本に来る前に買ったものだから……少なくても五年くらい使ってるんじゃないかなあ」
君が手入れしてくれるから、まだまだ現役で使えそうだね。
そう笑ったヴィンチェンツォに、絢瀬はあなたの手に合うものを探すのは大変だものね、と笑う。月に一度、ケアクリームや、馬毛や豚毛のブラシを使って家にある二人の革製品を手入れするのは、絢瀬の趣味らしい趣味だ。きちんと手入れをすれば美しく変化していくのが好きなのだ――とは彼女の言葉である。
深い緑色に染められた本革のそれは、内側にカシミヤがあてがわれており、防寒性に優れたものだ。なにより、ヴィンチェンツォの一際大きな手に綺麗にフィットするものだから、絢瀬としてもカビが生えないように一層気を使うものの一つだ。
ケアクリームを豚毛のブラシで馴染ませた手袋をまじまじと見る絢瀬に、デパートにならこのブランドあるかもね、とヴィンチェンツォは触っていたタブレット端末をスリープさせる。お気に入りの雑誌を読み終えたらしく、彼女に擦り寄りながら、出かけるかい、と尋ねてくる。全身でデートがしたいと訴えてくる彼に、絢瀬は苦笑してしまう。
「出かけたいだけでしょう?」
「そんなことないよ。君に似合う手袋を見繕いたいんだ、本当だよ」
「まだあの手袋使えるから大丈夫よ。ウールであったかいもの」
「そう? 君がそう言うなら、無理強いはやめておくよ」
「そうしてちょうだい。それに、そんなことをしなくたって、デートぐらい着いていくわよ」
「本当に?」
「本当よ。嘘吐いたって、しょうがないじゃないの」
「それじゃあ、今からどこかにいくかい?」
「行ってもいいわよ。でも、今日は雪が降るほど寒いらしいわよ」
ほら、と見せられたスマートフォンの画面には、お天気アプリの画面が表示されている。その画面には、今現在の気温が表示されていて、もう雪が降るほどに冷え込んでいる。画面を見たヴィンチェンツォは肩をすくめて、やめよう、ときっぱりと言う。あまりにきっぱりと言うものだから、絢瀬は思わずふふ、と笑ってしまう。
だって寒いのは嫌だもの。そう言ったヴィンチェンツォは、もぞもぞとこたつの中にその巨躯をしまいこもうとする。腹ばいになってコタツに下半身を入れている彼に、その姿勢でいるとお尻をヒーター部分にぶつけるわよ、と絢瀬が忠告する。
「大丈夫さ。二度は同じ失敗をしないよ」
「それ、何回聞いたかしら……去年もやっていたわよ?」
「去年までの私とは違うからね……いったっ」
「ほら、言わんこっちゃない。だから伏せて体をいれないの」
「……伏せなければいいのか」
「……仰向けで体をいれたら、今度は別の意味で大惨事になるんじゃないかしら……?」
「……やめよう。ちゃんと座椅子に腰掛けて使おう」
せっかく買ったのだから、座椅子にも仕事を与えないとね。
いそいそと座椅子をたぐり寄せて、どっかり腰掛けるヴィンチェンツォに絢瀬はくすくすと笑ってしまう。この家に引っ越す前から使っている座椅子は、もうすっかりくたびれてしまっているのだけれども、なかなか処分する気にならない。手を加えながら長く使っているそれは、鍛えたが故に普通に腰を下ろすと後ろに転がってしまうヴィンチェンツォ専用のものだ。
座椅子に座って足をコタツに突っ込んでいる彼の横に座った絢瀬は、おうちデートってやつかしら、といたずらっ子のように笑う。
「いいね。おうちデートってやつだね」
「具体的にはどういうことをするのか知らないけれど――どういうことをするのかしらね」
「調べてみようか。それで、実際にやってみようよ」
「いいわね。たまには趣向を変えるのもマンネリ防止になるわ」
「おっと。君は私に飽きているのかな?」
「やだ、あなたに飽きられたくないのはわたしのほうよ」
「大丈夫さ。一生かかったって、君に飽きたりしないもの」
いくらでも保証できるよ。
そう笑うヴィンチェンツォに、絢瀬はあなたを知ることも一生かかっても飽きなさそうだわ、と笑い返すのだった。