title by そにどり(http://nightjarxxx.web.fc2.com/)
チェックアウトの波が去って行って、一息吐くと、私は休憩にいかされる。朝の混雑を乗り切った私は、コンビニで買ってきたたらこのおにぎりを頬張りながら、ローテーブルにつっぷしていた。今日の午後はゆっくりだといいなあ、と思いをはせてみるが、今日は金曜日で三連休が明日からやってくる。無理である。連休前日から泊まりに来る人が多いのだ、観光地にほど近いこのホテルには。
きっと有給だって使っちゃって、彼氏とデートで二泊三日とか三泊四日とかしちゃうんだろ、いいよなぁ。なんて思いながら、私はたらこのおにぎりを頬張る。最後の一口だった。ほうじ茶のペットボトルに口をつけて、ふう、と息を吐く。ちら、とスマートフォンの画面をつけると、もうあと五分ほどで休憩が終わる時間だった。
「あー……いくかぁ……」
休憩室からロッカールームに引き返して、化粧を直す。よれかかっていたファンデーションをちょいちょい、と直して口紅を塗り直す。派手すぎない口紅は、なにかと便利で、この間の親戚の披露宴でも使い回した。
口紅を塗り、他に崩れている化粧はないか確認して、スマートフォンの画面を見る。もう休憩が終わる時間だった。慌てて私はパンプスをはき直して、階段を降りる。素知らぬ顔で、私は戻りましたーと挨拶をしながらフロントカウンターに戻る。代わりに今日のチーフさんがそろそろ休憩に行く時間だな、と思っていると正面玄関のガラスのドアが開く。
がーっ、と開いたガラスドアに体を向けて、にこやかな声でいらっしゃいませ、と挨拶をする。もはや職業病だな、と思っていると、入ってきたのは男女二人組だった。それだけならなんてことはない。ビジネスホテルとはいえ、出張以外でも使う人は多いのだ。旅行客かな、と思いながら、手を上げて誘導する。まあ、なんだって明日から連休なのだし、午前中も荷物を預けに来た客、めちゃくちゃ多かったし。
キャリーケースを引っ張るカラカラという音とともに、その人物たちが近くなる。そして私はギョッとした。女性もなかなか背が高いのだが、男性はもっと背が高かったのだ。私もそう背が低い方ではないが、女性はモデルさんのように頭が小さく、すらりと背が高い。男性は縦にも横にも大きく、がっしりとした体躯だった。二メートルはあるんじゃないかと思ってしまう。
驚いていたのは一瞬のことで、フロントカウンターに来た女性が、ハスキーな声で予約しているツカツキですが、と声をかける。ノーフレームのメガネがよく似合う、知的美人だ。なんというか、この二人の取り合わせは美女と野獣だ。しっくりくる。
「はい、ご予約いただいております。ただいまのお時間ですと、お荷物のお預かりのみとなりますが、よろしかったでしょうか?」
「ええ、お願いするわ」
「かしこまりました。お預かりするお荷物ですが、出し入れするものなどはよろしかったでしょうか?」
いつもの案内をしながら二人を伺う。部屋タイプはうちの禁煙ツインルームで一番広い部屋を予約されている。確認事項に大きめの浴衣を入れて欲しい、と書いてあったので、これから入れるつもりであるが、これは──一番大きい浴衣を部屋入れした方が良さそうだ。私がそう思っていると、チーフもそう思ったらしく、日中の部屋確認の項目に付け加えていた。
キャリーケースを引いていた男性に女性が話しかける。必要なものはあるかの確認だろう。男性は顎に手をやりながら、うーん、とうなる。
「うーん、財布とスマホくらいだからなあ。財布はアヤセに預けてるし、スマホはポケットに入れてあるから、私は問題ないね」
「寒くはなかった? 上着は?」
「平気だったから、夜も問題ないと思うよ」
「そう。……わたしはカーディガンくらい持っていこうかしら」
「そうだね。体を冷やしちゃダメだよ」
藍色のカーディガンをキャリーケースから引っ張り出した男性は、それをツカツキ様に手渡す。それを受け取った彼女はカバンを足元に置いて、カバンの中にカーディガンをしまう。カバンのファスナーをしめて、彼女は肩にカバンの紐を引っ掛けて、こちらを向く。
「では、預かっていただいても?」
「かしこまりました」
番号札を持って荷物を預かりにカウンターから出る。カウンターというわずかながらも距離越しだったのが、目前に男性が迫る。間近で見ると迫力がある彼に内心ビクビクしながら、キャリーケースを受け取る。赤いキャリーケースを預かり、代わりに番号札を渡す。
男性がツカツキ様に番号札を渡しながら、私に尋ねてくる。
「署名とかはいらないのかい?」
「あ、はい。そちらはチェックインの際にお願いしております」
「なるほどね。それじゃあ、荷物、よろしくね」
下手な日本人よりよほど流暢な日本語に驚きながら、私は承りました、と返すしかなかった。
満足そうに頷いて、彼はツカツキ様の腰を引き寄せてどこに行くんだっけ、と尋ねている。流れるような引き寄せ方に手慣れているなあと思ってしまう。流石外国人。
ツカツキ様の方も慣れているのか、引き寄せられた丸太のように太い左腕に手を添えて、お昼にしてからよ、と返している。あそこのカウンターに近くのマップがあったよ、と言うと男性は腰から手を離してささっと取りに行く。たしかにインフォメーションカウンターには、近隣マップやトラベルサイトからのフリーペーパーが置いてある。背が高いとあの位置からでも見えるんだなあ、と思いながら、クロークに荷物をしまう。からから、と棚の下に滑り込ませて、番号札の片割れを握り手にセロハンテープで固定する。
フロントカウンターに戻ると、ねえ、と男性が尋ねてくる。顔もなかなかにごついのだが、なんとも愛嬌のある笑顔を浮かべている。
「このあたりでオススメのランチはあるかい?」
「そうですね……どのようなランチがいいですか? 例えば、パスタですとか」
「うーん……そうだな……サンドイッチは朝食べたから、パスタがいいね」
「ですと、このあたりにパスタを中心にメニュー展開している店がありますね」
そう言いながら、私は赤ペンでホテルからそう離れていない場所に丸をつける。ふむふむ、と頷く男性に、正面玄関を右に曲がって、最初の信号をもう一度右に曲がりますございます、と案内する。
「なるほどね。ありがとう、行ってみるよ」
「いってらっしゃいませ」
アヤセ、とツカツキ様の下の名前を呼ぶ。彼女は手洗いに行っていたようで、ハンカチで手を拭いながら男性の方に歩いてくる。
「いいお店、あったかしら」
「パスタのお店を教えてもらったんだ」
「パスタ? あなた、イタリア人でしょう?」
「いいじゃないか! ジャポネーゼのパスタ好きなんだよ。ナポリタンとかね」
「あなた、本当にそれ好きよね……」
「おいしいじゃないか。ソーセージにタマネギにピーマンに、わかりやすい洋食文化だよね」
呆れながらも、ツカツキ様は引き寄せられるがままに男性に寄り添う。男性のほうは満足気にツカツキ様の腰を抱いている。どうやら近隣マップを見ているようで、ここだって、という言葉が聞こえてくる。ヒールの音高く、女性は歩いて行く。男性はその半歩後ろをのんびりと歩いている。女性のほうが足取りが速いように見えるけれど、身長差とコンパスの差からか、男性ののんびりした足取りでも十分に追いつけている。
ガラスドアをくぐって外に出かけていく二人に、いってらっしゃいませ、と声をかけて私はチーフさんに今日の確認って、と尋ねる。はい、とチーフさんが確認事項をまとめた紙を手渡してくれる。それを受け取りながら、私は今日の部屋の確認内容を確かめる。
「あー、うん。1902号室ね、浴衣大じゃなくて、特大入れるのと――」