いやに喉が渇く。
ヴィンチェンツォは手元の水の入ったマグカップを引き寄せる。一口だけ飲むつもりで、思いの外飲んでしまう。
冬だから乾燥しているんだろうな、と部屋を暖めるためにつけているエアコンを見る。湿度計を見れば、やはり四十パーセントを下回ろうとしていた。
先日読んだネットニュース記事では、湿度は五十から六十パーセントの間が好ましいと書かれていた。それから考えれば、随分とこの部屋は乾燥していることになる。
「今日はコップに水を入れて凌ぐか……」
ほとんどなくなったマグカップに水を入れるついでに、新しくもう一つのマグカップを取りに部屋を出る。
ぱたぱたとルームシューズを鳴らしてキッチンに入る。寒がりのヴィンチェンツォは、さむ、とぼやきながら、マグカップ二つに水をなみなみと注ぐ。注いだはたから煽る。どれだけ喉が渇いていたのだ、と自嘲しながら、もう一度水を注ぐ。
今度こそ溢さないように気をつけながら、彼は仕事部屋に戻る。
コースターの上に飲むための水を入れたマグカップを置き、倒してもパソコンや周辺機器に被害が及ばない位置に加湿用のマグカップを置く。
こきり、と首を回して、ヴィンチェンツォは残った仕事を片付ける為にパソコンに向かい直した。
今日の夕飯の席で加湿器が欲しいと提案しよう、そう考えながら。
「加湿器?」
「うん。仕事部屋、乾燥しててね。できたら欲しいなあ、って」
「別に構わないわよ。仕事の環境を整えるのは、効率を上げるためにも大切なことだもの」
職場内の環境を整えるのは大事、と自分で言った言葉に絢瀬は頷く。
話がわかってもらえて嬉しいよ、と喜ぶヴィンチェンツォは、あとで考えているものを見て欲しいんだ、と言う。
「あら、すでに目星をつけているのね」
「いくつかね。私の仕事部屋、どのくらいの広さだったかな……六、だっけ」
「五畳のはずよ。六畳は部屋干しの部屋よ」
「そうだったね。それなら、検討しているので十分間に合うはずだ」
サラダを咀嚼して、ヴィンチェンツォは空の皿を積み上げてシンクに向かおうとする。絢瀬が空になったスープマグを差し出すと、それを受け取るヴィンチェンツォ。
最後の一切れのヒレカツを口に入れた絢瀬は、咀嚼する。噛み切ったカツを嚥下して、水で口の中をさっぱりさせる。
皿を持ってシンクに行くと、食洗機の蓋を開けて待っていたヴィンチェンツォに渡す。彼がセットして、スイッチまで入れたのを見てから、どんなものを選んでいるのか尋ねる絢瀬。
夜だから、と日頃より買い込んでいるノンカフェインの紅茶を淹れながら、ヴィンチェンツォはスマートフォンをタップする。
「ちょっと待ってね……えーっと、あった。これ」
「ふうん……? 小さいのね」
「まあ大きいものを使う必要ないしね。リビングだって、そんなに広くないんだからさ。私の部屋はもっと狭いしね」
「それもそうね。ところでこれ、お手入れしやすいのかしら。毎日使うのだから、簡単なほうがいいわよ」
「ああ……それもそうか。うーん、そうなると、やっぱりお店で見たほうが早そうだ」
「ネットだと分からないものね、細かいところまで」
ワインレッドのソファーに腰を下ろし、家電量販店の通販ページを見ながら、ああだこうだ話す二人。
ヴィンチェンツォがいいな、と見ていたものは内部の構造までは画像として掲載されておらず、絢瀬の言うように手入れが簡単なものなのか分からない。
たしかに彼女の言うように、簡単な手入れのもののほうがいい。ましてや、乾燥する季節のうちは毎日使うものなのだ。複雑な構造のものは控えたい。
そう考えると、やはり店舗で直接見たほうがいい。そう彼は結論づけると、なら次の休みに見に行こう、と絢瀬は提案する。
「そうだね。次の休みに見に行こうか」
「もしかしたら、他に安くていいものがあるかも知れないものね」
「そうだね。……へえ! アロマオイルも使えるタイプのものもあるんだ。今は凄いねえ」
「そんなものもあるの。アロマか……」
「アヤセ、あまり匂い強いもの、好きじゃないものね。まあ、仕事中にリラックスしすぎるのもなんだかね。普通に部屋の湿度が維持できれば、私はそれでいいかな」
「気を配ってくれてありがとう。そうね、まずはきちんと本来の目的の、部屋の湿度をあげることを果たしてくれるのが肝心だわ」
紅茶を啜りながら、二人は週末の予定を入れる。
ふふ、と笑うヴィンチェンツォに、どうかしたのかと尋ねる絢瀬。
「いやね、君と電化製品を買いに行くのは久しぶりだなって」
「……ああ、本当ね。この家に越してきたとき以来かしら?」
「その後もエアコン買い替えたり、スマホの機種変更はしたけど……ここ最近は買いにいかなかったろう?」
「スマホも電化製品の括りに入れていいのか分からないけど……確かに久しぶりだわ。ポイントカード、あったかしら」
行く前に探さなきゃいけないわね。
そう言った彼女に、今度見ておくよ、とヴィンチェンツォは返す。カップに残った紅茶を一気に飲み干して、テレビのリモコンを手に取ると、見たいドラマがあるんだけどいいかな、と尋ねるヴィンチェンツォ。
構わないわよ、と絢瀬が了承すると、彼は喜色満面でテレビをつける。
ぱっ、とついたテレビは公共放送だったので、すぐに民放に切り替えられる。ちょうど番組と番組の切れ目の時間だったために、コマーシャルが次から次へと流れている。
「そんなに見たい番組なの」
「おすすめされてね。前回までのは、ネット配信で見ているから、リアルタイムで追いかけようと思ってね。なかなか面白いよ」
「そうなのね。あなたが面白いと言うなら、少し見てみようかしら」
「アヤセも気にいるんじゃないかな。あとで、一緒にネット配信の見ようよ」
「いいわよ。でも、あんまり夜更かししたくないわね」
「大丈夫。ネット配信なら、いつでも見れるからね」
明日でも、明後日でも、続きを見ればいいのさ。
そう話しているうちに、テレビ画面は切り替わっていた。黄緑色のエプロンをつけて、部屋を片付けている女性が写っていた。