アカデミーも年末年始は冬期休暇に入る。実家がある学生はこぞって帰省をするものだから、いつだって寮はひっそりとしていた。そんなひっそりとしている寮で過ごすのが毎年のペパーだったのだが、今年はすこしばかり事情が違った。
というのも、年末年始はリーグも休みですから、と比較的落ち着いた時間がとれるということで行く宛がないのなら、とジムチャレンジで知り合って、なんのかんのと交流が続くアオキに招かれたのだ。招かれたのだから、せめて年の瀬にふさわしい食事ぐらい、と意気込んでスーパーマーケットをはじめ、店を巡っていたら着替えを入れた程度のいつものリュックサックがいっぱいになるほどの大荷物になっていた。ホットチョコレート用のチョコレートに、きっと空っぽになっているか、期限が切れているだろうからモーモーミルクを買い足して、年越しに食べるための葡萄を買う。カントー地方の出身だというアオキのために、すこし高いスーパーに立ち寄り、カントー地方で年越しに食されるというソバとメンツユも買ってみた。ゆでるのは初めてだが、記載通りに作れば問題ないはずだ。
重たくなったリュックサックを背負って、随分と歩き慣れてしまったチャンプルタウンの街を歩いて行く。年を越すまであと幾数日あるからか、人々はそれぞれ浮き足立っているように見える。そんな自分も浮き足立っているんだよな、と隣を歩くマフィティフに笑いかけると、マフィティフもばふ、と楽しそうに笑い返す。
表通りから路地にはいり、すこしばかりくたびれたアパートメントのインターフォンを慣らす。びー、と慣らすと少しの間を置いて玄関ドアの施錠が解除される。
「いらっしゃいましたね……ずいぶんな大荷物ですね」
「へへ、あれもこれもって買ってたら、いつものリュックサックがぱんぱんだぜ」
「そうでしたか。どうぞ。外は寒かったでしょう」
コーヒーでよければ淹れますよ、とのそのそ部屋にもどっていくアオキに、カフェラテにしてくれよ、とペパーはマフィティフが玄関をくぐったのを確認して扉を閉める。施錠して部屋に入ると、暖房で暖まった部屋に凍り付くようだった指先が溶けていく感覚に見舞われる。インスタントですが、とつい、と差し出されたマグカップは、ペパーがアオキの家に通うようになってから増えたものだった。ついでにいえば、インスタントのカフェオレだってそうだ。
自分用のコーヒーを飲みながら、アオキは広くはないリビングで重そうにリュックサックを下ろしたペパーに問いかける。
「それで、何を買ってきたのですか?」
「ホットチョコレート用のチョコとミルクだろ? アオキさん、絶対ミルク切らしてるかダメにしてるだろうなって思って」
「よくご存じで……本日飲みきりました」
「へへ。お見通しちゃんだぜ、ってな。あとは、やっぱり葡萄はいるだろ? それとこれ!」
「おや……随分と懐かしいものを」
「カントーだとトシコシソバ? を食べるんだろ? オレもやってみたくて、買ってきたんだ」
「なるほど……お心遣い、痛み入ります」
自分のため、と言いながらもアオキのことも考えて買っただろうものを見ながら、レシートを出すようにペパーに言う。それを不思議そうに首をかしげて聞いている彼に、経費の精算です、と言えば、大した金額じゃないから、と断られる。持ち込んだ食材の寮を見れば、明らかに大した金額だろうことは予想がつく。
見返りがなければ人は動かないと、無償で手に入るものはないのだから、身銭を切る必要があるのだと思っている節のある子どもに、アオキはため息を吐きたくなる。子どもはただ、子どもらしく愛されていればいいのに、と思っていると、いつの間にかボールから出ていたらしいリククラゲが、そっと黄色い触手をアオキのもとに伸ばしている。その先には、ペパーのリュックサックから取り出したのか、くしゃくしゃになったレシートが乗せられていた。
「あっ、こら!」
「ありがとうございます、リククラゲさん。……学生が出すには、なかなかの金額ですね」
「そ、そんなことないぜ。好きで買ってきただけだし……」
「食事を作ってくれるのですから、対価は必要です。甘んじて受け入れていただけると幸いです」
「うっ……わかったよ……」
くしゃくしゃのレシートに印字された額面とぴったりのお金を渡されて、しぶしぶペパーは財布に現金をしまいながら、リククラゲをボールに戻す。戻る瞬間も自分はいい仕事をしたとやりきった顔をしていたものだから、なんとも言えない気分になる。
ぺちん、と手のひらで頬を叩いたペパーは、買い込んだ食材を冷蔵庫に入れ始める。乾物は乾物用のストッカーに仕舞っていく。充実した台所周りは、ペパーがこの家に訪れるようになってからのことだ。うきうきと食材をしまっては、以前来たときに作り置きしていった惣菜がなくなっていることに気がついては、おいしかったかどうかをしきりにペパーは尋ねてくる。酒のつまみにちょうどよかった、小腹を満たすのに最適だった、とぼそぼそとアオキが返せば、また作っておく、と彼はにこにこと満面の笑顔を浮かべるものだから、アオキはそのまぶしさに目が潰れてしまうのではないか、とぬるくなったコーヒーを嚥下しながら思うのだった。