title by 蝋梅(https://roubai.amebaownd.com/)
「基本的な読み書きからあやしいな……ああ、ペンはそうやって握らずに、こう……」
「持ちにくい」
「そうやって書くよりも、こう握って書いたほうが疲れにくいんだ」
「そう」
「そうなんだよ」
「なんだあれ」
「ゴドフリーによるお勉強会ですって。テッフェ、カトラリーの持ち方も基本ぐーで握ってるじゃないですか。あれが気になって仕方がないらしいですよ」
「らしいっちゃらしいか。あいつに文字を教える、ねえ。疲れることをよくやるもんだ」
「結構効果が出てるらしくて、最近僕の名前を書けるようにはなってましたよ」
相変わらずミミズがのたうち回ったような酷い文字でしたけど。そう笑ったネッロは、興味なさそうなシャルロッテの手元の本を見る。
シャルロッテとネッロは、テッフェとゴドフリーから少し離れたところにあるフロアソファーに並んで座っている。二人で一冊の薄い本――バルトールに言わせれば魂と血と涙の結晶のそれは、シャルロッテとネッロからすれば、ちょっとした面白い読み物だった。もしかしたらあるかもしれない世界線という名の、たられば妄想劇は、自分たちを主人公にされているが面白いものである。ありえない妄想がさもありえると言わんばかりの内容たちに、ときに笑い、ときに大爆笑し、ときに抱腹絶倒しすぎて膝から崩れ落ちるほどだ。
すっかり通い慣れたアジトの本棚から拝借した魂と血と涙の結晶は、ヴァレンティオンデーをもとにした内容だった。大抵二人の話はどこかしらで性行為が入るのが多いのだが、今回の作品も同じように挿入されていた。日頃の自分たちでは考えられない甘ったるくきざなセリフの数々。恋愛小説だって真っ青な甘いそれらに、おもしれー、と笑いながら読んでいるのだから、作者が知ったら憤死するかもしれない。それか、本人が読んでいることに恐れ多くなり舌を噛み切ってしまうかもしれない。まあ、そんなことはシャルロッテとネッロには微塵も関係ないことなのだが。
机に向かっているテッフェに被さるように、ゴドフリーは変わらず文字を教えている。グリダニア、リムサ・ロミンサ、ウルダハ。聞き覚えのある都市名を彼女の目の前にある紙に書き起こすゴドフリー。読みやすい文字を見ながら、テッフェは矯正されたペンの持ち方でゴドフリーの書いた文字の下にゆっくりと文字を書く。それはミミズがのたうち回ったような酷い文字だったが、ゴドフリーはよく頑張りました、と褒める。次は料理に使う文字を書いてみようか、と提案する彼に、料理の文字、とテッフェは首を傾げている。
そんなやりとりを見ながら、シャルロッテとネッロは薄い本を読み終える。だいたいこの手の本のラストは幸せなハッピーエンドで終わることが多い。たまにビターでシリアスな展開もあるが、多くは前を向いたものが多い。今回の本も例に漏れずキスシーンで終わっている。どうやらシャルロッテとネッロの本は二人がだいたい二人一組でいる事が多いからか、そういう展開が多い。
「まーたキスで終わってら。あれか? 後半に続く、ってところか?」
「幸せなキスをして終わり、って絵本の中のお姫様みたいなオチですよね。書きやすいんですかね、そういうの」
「書きやすいんだろ。だから、だいたいそういう話なんだろ? あ、お茶なくなったわ」
「そんなもんですかねえ。あ、僕のもないんで淹れてきてくださいよ」
「やなこった。兄様ー、お茶」
「自分で淹れなさい、自分で」
「そう言うのに、ゴドフリー、淹れてる」
わたしもほしい。
テッフェからもカップを渡されたゴドフリーは、しかたないな、と苦笑しながらカップを受け取り立ち上がる。自分の分のカップもついでに持っていくあたり、まとめてお茶を淹れるつもりなのだろう。シャルロッテとネッロのカップを回収しにきたゴドフリーは、二人が一冊の本を読んでいるのを見て、ちらり、と内容を視界に入れる。あ、やべ。そうシャルロッテとネッロがいうのと、ゴドフリーがそういうのは自分の部屋で見なさい、と大声を上げるのはほとんど同時だった。