title by Cock Ro:bin (http://almekid.web.fc2.com/)
「こんな優男がお前の兄貴だぁ? 冗談は顔だけにしとけって」
「いやぁ、これ、マジだから」
「マジなんですよねえ、残念なことに」
「飲む前から酒のにおいだけで潰れそうな兄ちゃんだぞ? 冗談じゃなかったらなんだってんだよ」
「正気だろうな」
「おなかすいた。注文していい?」
「好きなもん注文しとけ」
アングリー・ストームは戦化粧の施された顔を歪める。それは顔立ちがどことなく似ているエレゼン族の男達に対してのものだった。苦笑しながら、ゴドフリーはどうしてこうなった、としか思えない。どうしてそうなったもこうなったも、弟シャーロットことシャルロッテとその友人ネッロのせいでしかないのだが。
殴り合いの喧嘩ができるくらいの荒療治、と称してゴドフリーが呼び出されたのはウルダハはサファイアアベニュー国際市場の外れにある酒場だった。雑多なひとでごった返す店先で待っていると、シャルロッテとネッロがルガディン族の男性とアウラ族の少女を連れてやってきたのは少し前のことだ。
アングリー・ストームと名乗った褐色の肌をもつルガディン族の男性と、テッフェと名乗った青ざめているような肌アウラ族の少女は全くの対象的な存在だった。少し話すだけで、一瞥しただけでも分かる豪放磊落、適当、大雑把。どうみてもゴドフリーが苦手とするタイプだろう彼と、迂闊に触れたならば折れてしまいそうなほど華奢で繊細な少女と弟たち。どういう繋がりなのかさっぱりゴドフリーには理解出来なかったが、普段のシャルロッテ・シードルとネッロ・ヒースコートを知っている人間からすれば酒飲み仲間と彼が面白半分に拾った少女だというのは分かりきったことである。
事情を説明すれば、ゴドフリーはテッフェをまじまじと見る。着用している服はセンスのいいもので、質も良いものだ。おそらく、弟が買い与えたものだろう。背負っている両手杖はずいぶんと使い込まれているように見えるあたり、熟練の冒険者なのだろう。こんな少女ですら熟練者なのだから世の中分からないものだ、とゴドフリーは思いながら二人と握手をして店内に入る。
半個室の空間に案内されて冒頭に戻るのだが、運ばれてくるジョッキにそそがれたエールを水のように飲んでいくアングリーにゴドフリーはどこまでも自分とは違う人種だと理解する。ラッシーを少しずつ飲むゴドフリーに、アングリーはこんな良い子ちゃんぶってる男じゃケンカなんて無理だろ、とぴしゃんと言ってのける。
「そりゃそうなんですけどぉ」
「実際、この人俺のこと、本音のところ嫌いだと思っている部分はあるわけで? ガス抜きとかしてあげないと可哀想じゃん?」
「ほーん。お前等がそんな殊勝なこと言うなんてなぁ。実際のところはどうなんだよ」
「この人がめちゃくちゃ怒って手を出してきたらめっちゃ面白いなって」
「ハモってんじゃねえよ」
自分が殴られることより面白いことを優先させるのは、どっかイカれてやがんぞ。アングリーはべっと舌を出して呆れたようにマスタードエッグズをつつく。内心アングリーの意見に同意しながら、ゴドフリーはぺろりと鶏肉のキノコ炒めを平らげたテッフェの口元を紙ナプキンで拭ってやる。延々食べ続ける彼女だが、食べる方が下手なのかぼろぼろとこぼしている。膝の上に紙ナプキンを広げてやり、首元に汚れないように自分のハンカチをさしてやったゴドフリーは、幼い妹にもこうしていたな、と懐かしくなる。
そんな微笑ましい光景を見ながら、アングリーは隣に座るネッロにマジであれがシャルロッテのクソガキの兄貴かよ、と耳打ちする。普段からちょいちょい上品な仕草してたでしょあいつ、とネッロが言えば、そうだけどよぉ、とアングリーは首をかしげるばかりだ。どうしてもシャルロッテ・シードルといえば女遊びと酒を飲む姿しか思いつかないのかも知れない。
聞こえてますけど、とネッロをはさんでアングリーの反対側に座るシャルロッテが山の幸串焼きを噛みながら水を差すと、事実だからなとアングリーが頷く。好き勝手言っているな、と苦笑しながらゴドフリーは口をおもむろに開く。
「そんなに似ていないだろうか」
「似てねえ。お前、女遊びっつーか、女をオカズにシたこともねえだろ」
「……ノーコメントで。そもそも、女性の居るところでその話題はよくないと思うが」
「わたしは気にしない」
「君は気にしたまえよ……私がよくないんだ」
「え、マジ? その反応はマジですか」
「ノーコメントっつってる時点でそういうことだろ。え、兄様マジで言ってるわけじゃないよな?」
「やべえ、マジでこいつの兄なのかよ。つか、マジで? え、さすがにあるだろ、なあ? こいつの兄貴ってことは、そこそこ良い年齢だろ?」
「ノーコメントだ!」
「ゴドフリー、耳まで赤い。お酒飲んだ?」
「ラッシーしか飲んでないんだから酔ってるわけないでしょ。え、うっそだぁ……」
弟はドン引きですよ、兄様。
シャルロッテは心底信じられないものをみた目で兄を見る。ネッロにいたっては、面白すぎて無理、とローテーブルに突っ伏して震えている。どうやら、彼のツボにヒットしたようだ。アングリーは奇妙な生きものを見たようにまじまじとゴドフリーを見ている。まるで、自分と同じ生きものだとは思っていないようなその顔に、ゴドフリーはいたたまれなさに死にたくなる。
テッフェが一枚皿を空にする音だけが響く半個室の中で、シャルロッテは童貞だとは思っていたが、ここまでくると天然記念物としてそのままでいさせたほうが面白いのではないか、と真剣に考えるほどだった。