「そういや、アオキさんって時々お弁当持ってきてはりますけど、あれって自分で作ってはるんです?」
ポケモンリーグパルデア支部内にある職員用の食堂で昼食に、とハンバーガーセットをテイクアウトしてきたチリは、四天王専用の部屋で同じように昼食を食べているアオキの手元を見る。たしかに時々持ってきていますね、とランチボックスを持ち込んだハッサクも、興味深そうにアオキの手元を覗き込む。
覗き込まれたアオキは、居心地悪そうにしながらも、ビジネスバッグから取り出した空色の大判のランチクロスの包みを開く。ひこうタイプを思わせる空色のランチクロスには、パルデア地方に住むとりポケモンがデフォルメされて印刷されている。
クロスの包みを開けば、そこには大きめのランチボックスが二つ現れる。ネッコアラのランチボックスとカラミンゴのランチボックスを包みから取り出したアオキは、食べにくいんですが、とワクワクした顔でずっと手元を見てくるチリとハッサクをたしなめる。
中身見たいわ、とチリが早く開けるようにせっつけば、はあ、と二酸化炭素よりも重たいため息をひとつ吐いてアオキはランチボックスの蓋を開ける。
「うっわ、うまそうやん!」
「本当ですよ。彩も豊かですし、栄養面も考えられています。それになりより、」
「めちゃくちゃ量がある」
「ハモらんでください」
「手作りですか? こちらのランチボックスは」
「あー……まあ、そうです」
「かーっ! アオキさんメシウマやったんか!」
食べるだけに飽き足らず、作るようになってもうたかー。一人合点がいったように頷くチリに、指摘も面倒だと言わんばかりに、アオキはオレンジと白の差し色の入った焦茶色の箸入れから同色の箸を取り出す。
ひとつのお弁当箱の中には、大きなおにぎりがごろりと二つ。海苔を切り抜いて作られた犬ポケモンのシルエットが可愛らしい。もうひとつのお弁当箱には、肉や野菜が小分けに詰められている。ポテトサラダにミニトマト、一口サイズの塩ダレのかかった鶏肉。海苔と一緒に巻かれた卵焼き、ピーマンとベーコンの胡麻和え。冷凍食品らしい一口グラタン。どれも目にも鮮やかだ。
「小分けのカップも、とりポケモンにノーマルタイプばかりやん」
「本当ですね。徹底してますね」
「たまに違うものの時もありますよ」
「ほんま?」
「オラチフ柄もあります」
「わはは! なんや、随分かわええもんチョイスするやん!」
「オラチフとはまたアオキとは離れていますね。なにか理由があるのですか?」
「ああ……家内の相棒のポケモンでして」
「ははあ、そういうこと――って、ん?」
「アオキ、今、なんと?」
「家内の相棒のポケモンでして」
「ま、待ってアオキさん……ちょーっとチリちゃん、頭こんらんしてきたんやけど……えーと、アオキさん。もしや、ご結婚されていらっしゃる……?」
「はい。何年か前に」
「そ、そういうんは早うに言わんか!」
「そういうのは早く言いなさいですよ!」
きぃーん、と耳が痛くなるほどの大きな声をチリとハッサクはあげる。ポピーがプレスクールでよかった、とアオキはぼんやり思う。それと同時に、そう言えば話したのが営業部の直属の上司と、トップであるオモダカだけだったなと思い出す。話した理由も手続きのための休暇や中抜けのために必要だったからであり、他の部内の人間には伝えていないはずだ。
本職の営業部ですら殆どの人間に話していないのだ。四天王やジムリーダーの同僚たちに話していないのは、にべもないことかもしれないが、ある意味ではアオキらしいことだろう。
「いやいや、いやいや! あかんやろて! 何年黙っとるんや! 言わんか! チリちゃんたちに祝わせろや、このあほんだら! すかぽんたん!」
「全くですよ! 水臭いったらありませんですよ! 全く! 今からでもご祝儀を包みますからね!」
「いえ、いらないです」
「んな! なんちゅーおっさんや! まあええわ。そないなことより、ちゃんと新婚旅行は行ったんやろな!」
「行きましたよ。パルデア十景を見ました」
「海外旅行くらい連れてったりぃや! 金はあるやろがい!」
「派手な旅行はともかく、挙式はあげているんですか? お相手の方が興味がないのならともかく、式はあげた方がいいと思うのですよ」
「いえ……相手も面倒臭いから、と写真だけ」
「写真だけか! まあええわ。チリちゃん相手さん気になるさかい。見せてーな」
「小生も気になりますですよ!」
「はあ……」
写真を見せないことには引き下がらないだろう、と判断したアオキは、渋々もいいところの顔でスマホロトムを操作する。片手で塩味のおにぎりを咀嚼しながら、ありました、とアオキはスクロールしていた画像フォルダを止める。嫌々といわんばかりに、ゆっくりタップして写真を拡大してから二人に見せれば、美人さんや、と叫ぶチリと、小生のところの学生ですよね、と頭を抱えるハッサク。
他の写真も見てええか、と尋ねてくるチリにダメです、とスマホロトムを取り上げるアオキ。ちぇー、とつまらなさそうにする彼女をよそに、アオキは未成年淫行はよくないですよ、とハッサクはこごえるかぜよりも、ぜったいれいどよりも冷たい目でアオキを見る。
「結婚をしてから手を出すまでに時間はありました。成人するまでは待ちましたよ」
「えらいやん」
「それが普通ですよ」
「どういう経緯で結婚したんです? こないな別嬪さん隠しとったなんて、アオキさんも隅におけんわあ」
「気になるですよ。小生、彼はあまり交友関係の広い学生ではないと聞いておりましたですから」
「はあ……別に、昔馴染みだってだけですよ」
彼のご両親がシンオウの研究所に働いていた時に、たまたま出会って、以降彼がパルデアに帰っても手紙を出していただけです。
こともなげに話すアオキに、なるほどなあ、とチリはハンバーガーにかぶりつきながら頷く。ハッサクは比較的静かにおいおいと泣きながら、いい話ですよ、とランチボックスに食べかけのサンドイッチを戻す。ぐっしょりと濡れたハンカチで目元を拭いながら、ハッサクは彼からも結婚の話を聞いたことがないですよ、と物悲しそうに呟く。
「ハッサクさん、直接の担任なん? この子の」
「いえ、違うですよ。ただ、この学生の担任の方からもそう言った話を聞かなかったものですから……もしかしたら、担任にだけは伝えてくれていると嬉しいのですが……」
「流石に伝えとるんちゃいますかね。色々手続きとかもあるやろし」
「それなら嬉しいのですよ」
そんなやりとりを聞きながら、アオキは手製のおかずを口に運びながらおにぎりを咀嚼する。弁当はアオキさんじゃなくて奥さんの手作りなんか、とチリが尋ねればそうです、とアオキはこともなげに返事をする。料理上手な奥さん羨ましいわ、と最後の一口になったハンバーガーを口に運びながら、チリはゴミをまとめる。ハッサクも慌ててサンドイッチを咀嚼するために口に運ぶ。彼は料理上手だと聞きましたよ、とハッサクがいえば、あげませんよ、とアオキは弁当箱に残った最後のおかずを口に運ぶ。
「どんだけ嫁の飯に執着しとんねん。誰もとらんわ」
「そうですよ、アオキ。小生はペパーくんは料理がうまいというのを、ハルトくんから聞いただけですよ」
「……あげませんからね」
「愛妻弁当くれー、なんて、そないなこといったらバンバドロに蹴っ飛ばされるわ。なあ、大将?」
「まったくですよ」
ぺろり、と弁当箱をふたつとも空にしたアオキは、弁当箱を洗いに席を立つことで、これ以上の会話から逃げる選択肢をとるのだった。