開幕十五分だけで良いんで見てください。まだ見れそうだと思ったら、見れるところまで見てください。
そう言われて見始めた前編3DCGで作られたアニメーション映画は、なんとも言えない物だった。妋崎(せざき)の頼みでなかったら、金を積まれない限り見なかったかも知れない映画だ。
内容そのものは、絢瀬は好んで読まないが、オタク趣味の――コスプレイヤーとしてそこそこ有名らしい――妋崎が好んで読んでいるネット小説のような作品だった。勧めてきた妋崎本人も、一昔前のネット小説みたいな設定なんで、と言っていたからおそらくそうなのだろう。
――もっとも、彼の好みは、テンプレートなネット小説よりも、もっと一般的な小説に近い作品らしいのだが、それはここでは関係ないので割愛する。
開幕十五分までは、以前見た恋愛とSFが入り交じったようなアニメ映画なのだろうかと思っていたのだが、十五分頃に突如として入ってきたナレーションから、世界観が一転した。
そこからは……なんというか、なめらかすぎる動きのアクションとオタク受けする味付けがされた映画だった。別に、そういう作品が嫌いなわけではないが、そこまで摂取しない絢瀬としては苦笑いするしかなかった。予告編を出来れば見て欲しいんですけど、と言っていたのを思い出したが、なんだかんだ九十分しっかり見てしまったので、これ以上この作品を窃取するのは少々億劫である。
エンドロールが流れる画面を見ながら、一人で見るにはハイカロリーだったか、と苦笑する。かと言って、二人で見てもカロリーは高そうだ。
感想を言えば喜ぶかな、と思っていると、がちゃりとヴィンチェンツォが入ってくる。音のした方を向いた絢瀬が手を振って迎えてやると、嬉しそうにソファーに近寄ってくる。まるで飼い主に構ってもらえると喜んでいる小型犬のようだ。見えない尻尾がぶんぶんと振られているようにも見える。
四十三型の大画面液晶テレビに流れているエンドロールを見ながら、ヴィンチェンツォは映画を見てたなら誘ってくれよ、と言う。
「だってあなた、仕事部屋にいたじゃない」
「仕事をしていたわけじゃないよ。ただ探し物していたんだ、ユミが参考になりそうなページが欲しいって言うから」
「優しいのね。わざわざさがしてあげるだなんて」
「嫉妬しちゃった? 大丈夫、彼女は仕事仲間以上の関係はないよ」
「してないから、安心しなさいよ。誰彼構わず嫉妬していたら、キリがないわよ。あなたはいい男なんだもの」
「グラッツェ。安心してよ、私は君より素敵なベッラは知らないんだ」
誇らしげに笑いながら、ヴィンチェンツォは絢瀬の額に口付ける。くすぐったそうにそれを受け止めながら、絢瀬になんの映画を見ていたんだい、と尋ねる。
すっかりエンドロールは流れ終わっていて、画面は映画の紹介ページになっている。
「アニメ映画かい? 珍しいね」
「妋崎が開始の十五分だけでいいから見てくれ、って頼んできたから見ていたの」
「なんで十五分なんだい? 全部見なくていいのかい?」
「十五分で世界観説明がはいるんだけど、それを聞くと終わりまで想像がついちゃうのよね……」
「それは……作品として問題じゃないかい?」
「わたしもそう思うわ。プライム会員で見れなかったら、多分見てない作品ね」
画面を切り替える絢瀬の肩を抱きながら、ソファーに腰を下ろした彼は、ふうん、と言う。つまらなさそう、というか興味なさそうな彼の相槌を流して、絢瀬は見たいものあるか尋ねる。
「うーん、特にないけど……なにか見たいのがあるのかい?」
「修子さんオススメのドラマを見たくて。コメディーだそうよ」
「へえ。コメディーはいいね。見ていて楽しくなるもの」
「なら気にいるんじゃないかしら。修子さん曰く、ドラマじゃなくて、コメディー舞台のライブストリーミングだと思って見てほしいそうよ」
「なんだい、それは」
ますます気になってしまうね。
絢瀬の肩を抱いていた手を外して、自分の手を擦り合わせながら前のめりになるヴィンチェンツォ。青緑の目を輝かせて、楽しみにしている彼を微笑ましく思いながら、絢瀬はウォッチリストからドラマのシリーズを選択する。
途端始まった画面。ソファーが三脚置かれたリビングのセット。男ばかりが集まった画面はともすればむさ苦しさすら感じるが、今をときめいている俳優陣だからだろうか。爽やかさすらある。
典型的なバナナの皮で滑る、という占いを授けられた男が見事なまでにバナナの皮で滑ったシーンでは、二人揃って思わず吹き出してしまった。結局、ひきこまれるように見てしまい、あっという間に二十分が経っていた。くすり、と笑えるシーンもあれば、飲み物を口に含んでいなくて良かった、と自分の判断に感謝するシーンもあり、なかなかに見応えのある作品だった。
エンディング代わりの反省会を見ながら、二人はゆっくりと口を開く。
「面白かったね。良い作品だね」
「そうね。教えてもらって、本当に良かったわ」
「私の分もお礼を言っておいてくれるかい?」
「ええ、もちろんよ。……どうする? この作品、三クールまで出ているらしいけれど……一気に見る?」
「うーん……一気に見たいけれど、一気に見たらもったいないよねえ。ちょっとずつ見ようよ」
「そうね。そうしましょう」
とりあえず、最初のクールは今、全部見るのかしら。それとも、休憩にする?
絢瀬の提案に、ヴィンチェンツォは笑いすぎて顎が痛いから、休憩にしようよと返事をした。