ヴィンス、座って。
そう言われるがままに、ヴィンチェンツォはソファーに腰掛ける。座った彼の正面に立った絢瀬は、あなた本当に大きいわよね、と嘆息する。ヴィンチェンツォが座るか、膝をついてはじめて、絢瀬からキスができるようになるのだ。それほど、二人の身長差はあるのだ。
「どうしたの? 突然。キスでもしたくなったのかい?」
「そうね。したくなったの」
「本当かい? それはとても嬉しいよ!」
さあ、いつでもいいよ。
にっこり笑ってそういうと、ヴィンチェンツォは目をつむる。こういうときに目を開けて待つほど、デリカシーのない男ではない。むしろ、そういうときは積極的にそういった空気を作ろうとする男だ。
いつでもどうぞ、と自信たっぷりな恋人に苦笑しつつ、絢瀬は唇を重ねる。ちゅ、ちゅ、と小鳥がついばむような軽いキスを繰り返して離れる。かわいらしいキスに満足した穏やかな微笑みを浮かべて、ヴィンチェンツォは私からもお礼をしなきゃね、という。
「お礼? 別にいらないわよ。したくてしただけだから」
「いいから、いいから。ほら、こっちおいで」
「まったく……」
腕を引かれるがままに、絢瀬はヴィンチェンツォの膝の上に乗る。ソファーに座るヴィンチェンツォに向き合う形になると、彼は絢瀬の喉に口づけを落とす。噛みつかれるわけではないとは言え、人間の急所に触れられて、絢瀬の身体はびくりと跳ねる。背筋にえも言われぬぞくぞくとしたものが走る。思わず息を止めてしまう。
喉に口づけたヴィンチェンツォは、そのままべろりとなめて口を離す。そのまま、ふ、と息を吹きかけて首筋をべろりとなめる。なめられるという行為に、絢瀬の身体は夜のことを思い出してしまったのか、なんとも言えない感覚がなめられたところから走って行く。吐き出す呼気が熱くなる。
半ば涙目になりながら、絢瀬はヴィンチェンツォの頭を首筋から剥がす。
「ちょ……っと何をするのよ」
「驚いた?」
「ええ、とっても」
「だって、今日はキスの日なんだろう?」
きょとんとした顔でヴィンチェンツォはいう。ラブレターの日でもある、と言ったのをすっかり忘れているようだ。先ほど書き上がったばかりのラブレターに、あんなに熱烈な思いをぶちまけていたというのに。感情の赴くままに書いたのだろう、走り書きのイタリア語が綺麗に並んでいるラブレターを思い出して、絢瀬はもう、という。
「ラブレターの日でもあるわよ」
「それはさっき渡したじゃないか。私の愛って、文字にするとたくさん必要なんだね」
「ええ。あとで何回でも読み直させて貰うわ。あなたからの手紙なんて、ずいぶん久しぶりだもの。何年ぶりかしら? まだ、あなたがイタリアに居たときが最後?」
「そうかもね。こちらに来てからは君と一緒だし、君に渡す前に直接話してしまうようになったしね」
「どう? 久しぶりに手紙を書いた気分は? わたしは楽しかったわよ」
「そうだね。たまにはいいよね、こういうの。できたらイタリア語で書いてくれたらとても良かったんだけどな。」
「あら、気が利かなくてごめんなさい」
「いいよ。私も君に日本語で書いてないからね、おあいこさ」
ウィンクした彼は、そのまま絢瀬を抱きしめるとソファーの上にごろんと横になる。絢瀬を腹の上に乗せたヴィンチェンツォはご機嫌で、鼻歌なんて歌っている。
「あら、ずいぶんとご機嫌ね」
「君からキスをしてくれたからね。最高の気分さ」
「あら、今最高の気分なら、おかわりはいらないわね?」
「それとこれとは別かな。ほら、言うだろう? ドルチェは別腹だって」
君の口づけならいくらでも欲しいよ。
そう言うとヴィンチェンツォは倒していた上半身をあげて、器用に背中にクッションをあてがう。姿勢を安定させて、ヴィンチェンツォは絢瀬の唇を親指で触る。それは、自分からするのではなく、絢瀬からしてほしいという意思表示だった。
そんな彼の様子に呆れた顔をしながら、彼の唇にもう一度触れた。今度は触れるだけではなく、もう少し、先に踏み込んだものだった。