title by OTOGIUNION(https://otogi.moo.jp/)
鷹山くんってチョコレート好き?
奈々美は陸上の車に乗りながら尋ねる。そんなことを聞かれたほうは寝耳に水で、好きでも嫌いでもないが、としか答えようがなかったため、陸上は視線をフロントガラスの向こう側からそらすことなく首をかしげて、ビターチョコレートなら食べるが、と答えるにとどめた。
そうだよねえ、とうなずきながら、奈々美は実はさぁ、と長い髪をかきあげながら小さな口を開く。
「お父さんが、すっごく高くておいしいチョコレートをもらったんだけどね」
「ほう。いいことじゃないか」
「うん。すっごくおいしいんだけど……すごく、濃厚っていうのかなぁ。味がしつこいっていうか、一粒食べるとしばらくはいらないっていうか……」
「ああ、なかなか減らないタイプのチョコレートか」
「そうなの。おいしいんだけど、全然減らなくて……」
鷹山くんさえよかったら、今日うちで一つ二つ食べていってほしいんだけど。
そう難しそうに口を開いた奈々美に、ハンドルを握りながら陸上は考える。無視してもいいおねだりだが、別に無下にする理由もないし、それだけ濃厚なチョコレートというのにも興味がないわけではなかった。甘いものが好きな奈々美が辟易とするほどの濃厚さ、気になってしまうというのが陸上の心境だった。些細な会話のなかのやりとりで、別にとても強く興味があるわけでもないが、断るほど隣の美少女のことを嫌っているわけでもない。
普段ならば奈々美の自宅前で彼女をおろしたら、そのまま帰路に就くのだが、今日は相伴にあずかろう、と陸上は彼女の提案に乗る。そう言えば、やったあ、と奈々美は嬉しそうに笑うものだから、陸上はハンドル操作を間違えないよう、一層注意深くなる。どうにも、奈々美が笑うと陸上自身も嬉しくなるのだ。
大通りをしばらく直進し、すっかり慣れた調月家のある通りまで来る。途中で曲がって、裏の通りから回り込んだほうが車を駐車しやすい、ということも最近学んだことだ。
二台縦列駐車できる調月家の駐車場に車を停めた陸上は、エンジンを切ると、シートベルトを外して車から降りる。奈々美も同じように車から降りると、玄関の扉に一直線に向かう。
彼女がただいま、と元気よく挨拶しながら扉を開けると、おかえりなさあい、とくぐもった声が聞こえる。どうやら、彼女の母親は料理中なのか、ダイニングの方にいるらしい。
「鷹山くん連れてきたよお」
「あら! 連れてくるなら、そう言いなさいよ。家、掃除しとらんがね」
「えー? 大丈夫だよ」
「お気になさらず。すぐに帰りますので」
「そう言わんといて。夕飯も食べていきなさいな」
「いや、さすがに……」
「いつも奈々美が世話になっとるで、お礼だと思って」
「はあ……それではご相伴に預かります」
「鷹山くん! チョコレートこれ!」
陸上が奈々美の母と夕飯を食べる食べないの話をしている間に、奈々美は冷蔵庫からチョコレートの箱を取っていたらしい。押し負けて夕飯を食べていくことになった陸上の手を引いて、こたつに足をいれる奈々美と、その隣に座った陸上。
チョコレートの箱には有名製菓メーカーのロゴが入っており、セロハンテープの跡が残っている。中身はココアパウダーがまぶされて、明るい茶色をしたそれは、ミルクチョコレートかそれに類するものだろうと陸上は考える。
意気揚々と箱を開けた奈々美は、そのまま一口サイズのチョコレートを、ほっそりとした形の良い指先でつまむと陸上の口元に運ぶ。はいどーぞ、と差し出されたそれに、陸上は思考が停止する。透明なマニキュアが塗られて、蛍光灯を反射する爪の形まできれいだな、とかそんなどうでもいいことをぼんやりと考えていると、奈々美がしびれを切らしたのだろう。もー、と言いながら陸上の唇に押し付けるようにチョコレートを運ぶ。
押し付けられたチョコレートだけを取ろう、と口を小さく開くと、ぐい、とチョコレートをその細く白い指先で押されて指先が唇に触れる。チョコレートの濃厚なまでの味と、柔らかい指先の感覚に、そういえばハグはしてもキスはまだだったな、と陸上は思い至る。そんなことを陸上が考えているとはつゆも知らない奈々美は、味すごいでしょ、と同意を求めるように顔を近づけてくる。
「そうだな。濃厚だな」
「だよね! 葉月ねーちゃんはビールには柿ピーだ、っていって食べないし、和義にーちゃんとお母さんとアタシでちまちま食べてるんだけど、一箱が大きくてさあ」
「なかなか減らないわけだな」
「そういうコトデス」
相変わらず濃厚な味、と感想をこぼした奈々美は、そっと蓋を閉じる。まだ三分の一ほどチョコレートが残っているが、軽やかな味付けの甘いものが好きな奈々美にはしんどいのだろう。甘いものは得意ではない陸上も厳しいものがあるので、蓋を閉じてもらってちょうどいいのだけれども。
チョコレートかたづけてくるね、 と立ち上がって、長い黒髪を揺らして冷蔵庫に向かう奈々美を視界の端で追いながら、陸上はすっ、と通った鼻先をくすぐる香りに、ハヤシライスか、と夕飯のメニューにあたりをつけるのだった。