わたしの趣味は喫茶店やカフェを巡ることだ。SNSで噂のところだったり、街角に置かれているフリーペーパーを頼りに新規開拓をせっせと行うのが趣味だ。新しく気に入った店を見つけては、ちょうどいい大きさのノートに住所をメモしたり、ショップカードをもらってノートに貼り付けたりしている。
今日訪れたカフェは、以前ショップカードをもらったことがある店だ。この店のキッシュは特に美味しくて、なによりボリュームが有る。食べ盛りの弟も満足するほどだが、代金は良心的だ。弟は度々この店に訪れているらしいが、わたしは他の店を訪れたりしているので、それなりに久しぶりだ。
久しぶりに訪れても、店の様子は変わっていなかった。昼前だったから、ちょっと賑やかな店内ぐらいだ。腹も減っていたので、キッシュを頼む。ハムとチーズのキッシュはオーソドックスなスタイルだが、一番あたりだと思っている。クリーミーなミルクに卵の濃厚な味わいはやみつきになるほどだ。それとコーヒーを一杯。ここのコーヒーは少し薄めなのが玉に瑕だが、だからこそ飲みやすいというのはある。
注文した料理が届くのを待っていると、新しい客が店を訪れる。二人組の男女だ。ちらり、と店の入口を見たのは、たまたま入口が見やすい位置だったからだ。
その二人は顔立ちから華やかだった。男の方は褐色によった肌に、黒い短い髪。前髪はやや重たそうだが、その奥に潜む灰色がかった切れ長の目は理性的だ。しっかりと鍛えられた体は、シンプルなシャツですら上等な一張羅にすら見える。
女性の方はどう見たって美少女だった。彼女が美少女でなければ、いったい誰が美少女だというのだろうか、というほどには美少女だった。きっと十人が十人、美少女だと答えるだろう。大きな目は磨き上げた黒水晶のようだった。つややかな黒髪は腰ほどに長く、歩くたびに重力に従っているのに軽やかに舞っている。大きくたっぷりとした胸は、女性であっても視線がそちらに吸い寄せられそうになる。
なにもかもが完璧な二人だった。美しい女と美しい男。美男美女がこれほどまでに似合う二人は、わたしが今まで見た中でいなかっただろう。今見てしまったのだが。
「ねえ、鷹山(ようざん)くん。何食べる?」
「キッシュがうまいと聞いたな。……ほう、スパニッシュもあるのか」
「やっぱり、一番人気って書いてあるのがいいんじゃない? ていうか、写真見てると、結構大きい……?」
周りの人々がちらちらと見ていることなど気にもとめず、二人はしゃべっている。たしかに、ここの料理はどれもそれなりに量がある。女性なら小さめのものを選ぶ人も珍しくはない。わたしもよく小さめにすることがある。うーん、うーんと悩む彼女に、小さめのにして分けるか、と男性が提案する。それだあ、と笑う彼女はニ個も食べられるなんてお特だね、とにこにこしている彼女は、レモネードも頼んでいいかと尋ねている。男性の方はそれに頷いて近くを通りがかったウェイトレスを呼び止める。
注文を済ませたふたりは、料理が到着するまでの間ちらちらと伺う視線など気にもせずに喋っている。ケンタッキーの月見がおいしかったとか、マックの月見は食べたことが結局ないとか、そういう話をしているものだから、美男美女と言っても自分たちとあまり変わらないものを食べているという、そういう当たり前のことが不思議でしょうがない。なんというか、イメージがさっぱり湧かないのだ。
とはいっても、別にテレビで見たことがあるような人じゃないのだし、そりゃ普通の食べ物を食べるよな、と納得しながらハムとチーズのキッシュを口に運ぶ。相変わらず濃厚で美味しい。ぎゅ、と詰まった濃密なチーズと生クリームの味わいの中に、アクセントに使われている唐辛子のぴりっとした辛さが飽きが来ない味を生み出している。家でもこういう美味しくておしゃれなものを作ってみたいが、いかんせんそんな時間はないのである。
最近見ているユーチューバーの料理動画で満足するかあ、と思いながら、動画サイトアプリをタッチする。ちょうど、隣の席に料理が届いたらしく、美少女の鈴を鳴らしたような声が聞こえてくる。意外なことに、料理の写真を撮影しているのは男性の方だった。
「美味しく撮れた?」
「……たぶんな」
「奈々美が撮ったげよっか?」
「……頼んでもいいか」
「まっかせて!」
男性からスマートフォンを受け取った彼女は、何枚か角度を変えて撮影する。なにやらスマートフォンの画面を触っては、こっちかなあ、と難しそうな顔をしてから、できた、と彼女はスマートフォンを男性に返す。それを受け取った彼は、器用なものだな、と感心している。
「加工しただけだよ。このぐらい皆やってるよ?」
「どう加工すればいいのか、俺にはよくわからなくてな」
「美味しく見えるようにすればいいんだよ。この色なら美味しく見えそう! っていうフィルターをかけるだけ!」
「なるほど……参考にしよう」
そんなことを話しながら、二人はスマートフォンをテーブルの端に置くと手を合わせて食前の挨拶をする。そのままキッシュを切り分けはじめるのだった。