title by 蝋梅(https://roubai.amebaownd.com/)
がたがたと揺れる。乗合馬車なんてそんなものである。揺れを吸収する素材があるとは聞くが、高価な代物であるとも聞く。それが利用されている馬車なんて、それこそ王侯貴族たちが乗るようなものだろう。少なくとも、マクシミリアン=イルデブランドが乗るような安い庶民の乗合馬車に利用されるのは、もっと単価が下がっているだろう随分と先の未来になることだろう。
図書館で本を複製してもらった彼は、それを抱えて乗合馬車に乗り込んでいた。普段なら歩く距離なのだが、今日は馬車停の前を通りがかった時、ちょうど乗合馬車が停まっていたから乗り込んだのだ。
大柄な彼が乗り込むと、広くは無い馬車は急に狭くなる。本を抱えた大男に、あるものは不躾に邪魔だという目で見るものもいれば、ローブ姿から勤勉な魔術師なのだろうと理解を示すものもいる。
好き放題な好奇の視線に辟易としながら、マクシミリアンは街の出入り口近くの馬車停まで無言でいる。
がらがらと揺られること数十分。人の乗降とともに乗合馬車はマクシミリアンの目的地に到着する。複製された本と共に降りた彼は、真っ直ぐに帰宅するか悩んで――普段より時間があるから、と同居人と共通の知人でもあるメイナード=レンブラントの店に足を向ける。
メイナードの経営する雑貨屋という名のなんでも揃う店として人気のあるメイナードズ・ショップは、サンハ=ユアニルの街の入出ゲート近くにある。出入りの商人たちが利用しやすいように、と考えての店の立地だが、街の外に居を構えるマクシミリアンとヴォルフガングにも便利がいい。
店の玄関ドアをしゃがみながらくぐると、サカティラ族のメイナードがそこに居た。獣の尻尾をもった彼は、マクシミリアンの顔を見ると、珍しいのが来たなと笑う。
「いつもヴォルフガングじゃないか。あいつはどうした? 熱でも出したか?」
「いいや。普通に家に居るよ。俺が図書館によった帰りに寄り道をしているだけだな」
「なるほどな。いや、お前さん単体で見るのが久しぶりだったものだから、びっくりしたよ」
メイナードが獣の尻尾を揺らしながらそういうものだから、言われたらそうかもしれんな、とマクシミリアンも笑う。実際、この店に行くのは、家の中で大人しくできないヴォルフガングが率先している。その事を思い出しながら、出不精なつもりはないんだがな、とマクシミリアンは苦笑する。
面白いものはあるか、と尋ねると、メイナードは新作だと首都のほうで人気のあるカルタってのを入荷したよ、と返してくる。
「ほら、この間いただろう。異世界の子。ああいう子が首都のほうでも現れたらしくてね。こういう玩具が流行っているらしいんだ」
「へえ。それは気になるな」
「なんでも、絵と文章がそれぞれ書かれた板があるんだと。まあ、お前なら説明書を読めば、すぐ理解出来るだろ」
子ども向けの玩具だけど、大人数でやると楽しいらしいぞ。
そう付け足して会計を済ませるメイナードに、二人は大人数に入らないからなあ、とマクシミリアンは笑う。あの子ども達と遊べば良いだろう、とメイナードが言えば、もう素の世界に戻ったぞ、とマクシミリアンは報告する。
「あら、帰っちゃったの」
「ああ。無事に帰れたんだったらいいんだが……」
「あー、こっちからだと無事に帰ることが出来たかどうか、わからないもんな」
「まったくだ。それにしても、こうも異世界の人間がやってくるのは、一体どういうことなんだろうな」
「まったくだよな。そういうのは学者先生たちが議論してくれているんじゃないか?」
「だといいんだがなあ」
そんなやりとりをしながら、マクシミリアンは抱えていた本の上にカルタの入った箱を置いて店を出る。今日もサンハ=ユアニルの街は温暖で、短い夏が終わりを告げるように涼しかった。