title by Cock Ro:bin(http://almekid.web.fc2.com/)
「文字くらい読めた方がいいんだが……つってもなあ、この家に学習向けの本なんてないしなあ」
「いやいや、普通にあったらびびるっていうか……」
「確かに。てか、女神様も転生特典っていうなら、文字くらい読めるようにしてくれてもいいのに」
「そりゃそうだな。まあ、とりあえず、子ども向けつてなると、絵本しかないんだが……」
どうしたものかな、とマクシミリアンが顎をさすりながら悩んでいると、ぐう、と腹の鳴る音がする。おや、と彼が二人の方を見ると、カナのほうが顔を赤くして俯いている。
飯食ってないのか、と尋ねると、部活の後で、と消え入りそうな声で返事がくる。ユウタが、カナちゃんテニス部なんです、と教えてくれる。
「テニスブ?」
「ええっと……テニスっていうスポーツ? 球技? をやるサークル……集まりなんです」
「そそ。テニスってこっちにあるのかな……あ、テニスってのは、二人か、二人一組でチームになって、このラケットでこのくらいのボールを打ち合う、ってルールなの」
「うーん、テニスってのは知らないが、近い球技ならあるな。パラールっていうんだが……俺はあんまりそういうのに詳しくないから、今度街に行った時にでもルールブックを買ってみるか」
「マクシミリアンさん、運動得意そうなのに。意外だなあ」
「たしかに」
「はは。走るのはそこそこなんだが、いかんせんそれ以外がからっきしでな。同居人の方が運動は得意だな」
瓶詰めしていたラスクを二人の前に出してやると、ユウタとカナは目を輝かせて一つつまむ。クロムイエローのルリカルネの花から作られた砂糖は、彼らが住んでいる砂糖と同じだったらしい。おいしい、とぱくぱく食べる。
「口にあったようでよかったよ。昨日作ったんだよ、それ」
「マクシミリアンさんが!? すごい、おいしいですこれ!」
「ほんと! お店のかと思っちゃった」
「はは、腹が減ってるからそう思ったのかもな。まあ、なんだ。褒めてくれるのは嬉しいし、それ、全部食べていいぞ」
「おお……! 太っ腹……!」
瓶の底に残った砂糖すら食べ尽くしそうな二人に、夕飯は少し早めに出してやるか、とマクシミリアンは今日の夕飯は量のあるもの――普段から彼らが食べるものは、一般的な成人男性にしても量があるのだが、欠食児童よろしくよく食べる子どもたちでも満足できるものにしよう、と決める。
扉の鍵を開錠される音が響いて、ラスクに夢中だった子どもたちが顔を上げる。ドアが開いて、マクシミリアンほどに大きな男が帰ってくる。
「帰ったぜ。なあ、聞いてくれよ、マクシミリアン……って、なんだ? その細っこいチビども」
「おう、帰ったのかヴォルフガング。聞いてくれよ、この子どもたちな、前お前が言っていた、異世界からきた人間らしいぞ」
「嘘だろ! あれ、酔っ払いが言い出した嘘じゃねえのか!」
鉄製の斧を玄関横に引っ掛けながら、ヴォルフガングと呼ばれた金髪の男はどかどかとリビングに立ち入る。人懐っこい笑顔を浮かべながら近寄ってくる大男に、カナは思わずユウタの後ろに隠れる。ユウタはユウタでカナを隠そうとしているのが面白くて、マクシミリアンはそいつはバカだが悪い男じゃないぞ、と安心させる。
バカは余分だ、とばつの悪そうな顔をしながら、ヴォルフガングはしゃがんで二人を上から下まで見る。銀縁のオーバル型のメガネの向こうに、翠の目が爛々と輝いている。
「俺はヴォルフガング=ブラッドフォード。で、チビスケたちは?」
「ゆ、ユウタです。サカキバラユウタ」
「あたしはカナ。マキノカナ」
「ユウタとカナだな。しっかし、腕細いな。そんなんじゃ、トトユのタックルで吹っ飛ばされそうだな」
「トトユ?」
「おー。えーっと、動物図鑑どこだっけ?」
「この家にそんなもんないぞ」
「明日、街で買いに行こうぜ」
腹減った、と騒ぐヴォルフガングに、今日は大規模な狩りがあったんだろ、とマクシミリアンが尋ねると、そうだった、と彼はラグに落としていた腰を上げて玄関を開ける。
外に置いていたらしいそれを抱えて戻ってくると、ニコニコ顔のヴォルフガングが、今日は贅沢にいこうぜ、とマクシミリアンに笑いかける。
――抱えていたのは、巨大な生き物だった。首を落とされ、毛を剥ぎ取られたそれは、ユウタとカナには肉の塊にしか見えなかったが、マクシミリアンはそれがこの辺りでは定期的に間引きの対象となる生き物なのを知っていた。
「おいおい、ネフヌじゃないか。そうか、もうそんな季節か」
「おう。今年はやたら数が多くてさ、一人一羽持って帰れってよ」
「今日はネフヌだな。どうせだ、ステーキにするか」
うんうん、と頷きながら、ネフヌを受け取ったマクシミリアンは、袖を捲り上げてキッチンに立つ。
前脚の付け根を包丁で切り落としている彼を見ながら、ユウタはヴォルフガングにネフヌとはなにかを尋ねている。
「ん? ああ、そうか。知らないのか。ネフヌっていうのはなー……こんな感じの生き物でさ、いやーこいつらの蹴りがまた強烈なんだよなあ。今回も骨折られたやつらが何人か出てさ」
「羽の生えたウサギみたい……」
「ウサギ?」
「ウサギってのはこんな感じの生き物なんです」
「へえ! 羽がないネフヌみたいだな。でかいのか?」
「あんなに大きくはないです。このくらいで……カナちゃんの家にもいるんですよ」
「なんだ、小さいんだな」
「あんなに大きかったら、家では飼えなさそうだよね」
「確かに」
「家畜にしよう、って話も出るんだけどよ、あの凶暴性はどうにもならんって畜産ギルドが匙投げたんだよな」
ヴォルフガングが適当な紙に描いたネフヌの絵は、ユウタとカナには耳の部分が羽になったウサギにしか見えなかった。毛の色はルリカルネの砂糖のような目の醒めるようなクロムイエローだと聞いて、野生だと目立ちそうだと二人が思ったのは内緒である。