さんさんと日差しがさしている。レースカーテン越しに入ってくる日差しは穏やかそのものだ。
白く長い毛足の柔らかなラグに転がって、絢瀬とヴィンチェンツォは昼寝をしていた。すやすやと穏やかな寝息を立てて、ゆっくりと胸を上下させて、穏やかに眠っていた。
昼食にボロネーゼソースのパスタを食べた二人は、ザッピングしたテレビを消す。面白い番組もないからだ。
暇つぶしがてら、老舗の有名ゲームメーカーの携帯ゲーム機をつけたヴィンチェンツォだったが、最近クリアしたゲームをまたやる気にもなれず、すぐに電源を落とした。過去にやったゲームをやるには、まだ記憶が新しくて、やりこみのための周回コンテンツをプレイするには、ほどよい眠気が邪魔をしていた。
ふあ、とヴィンチェンツォが大きなあくびをする。すると、伝染したように絢瀬があくびをする。目尻に生理的な涙を浮かべながら、二人はふふ、と笑う。
「眠たくなっちゃったわね」
「たまには昼寝でもするかい?」
「そうね。たまにはいいわね」
ワインレッドのソファーに引っ掛けてあった、濃茶色のブランケットを取る絢瀬。ヴィンチェンツォは、毛足の長いラグの上に置いていたローテーブルをどかす。
二人が横になっても十分な広さを確保すると、ヴィンチェンツォはアイボリーのクッションをソファーから取り上げる。頭にクッションをあてがい、絢瀬に向かって手を伸ばす。
「痛くない?」
「痛くないよ。起きたら痛いかもしれないけどね」
「やっぱり、ベッドに行く?」
「ベッドで寝たら、夜まで寝てしまいそうだ」
だから、ここでいいよ。
そう語った彼の隣に腰を下ろし、絢瀬はごろんと横になる。彼女に腕枕をしながら、ヴィンチェンツォはブランケットを肩まで引き上げる。
「足が出るわね」
「仕方ないさ。お腹は寒くないかい?」
「平気よ。あなたがあたたかいもの」
「鍛えて良かったよ。君に寒い思いをさせなくて済むからね」
クッションに頭を沈めたヴィンチェンツォは、そのまま目を瞑る。絢瀬を抱き枕のように両手足で抱きかかえて。
絢瀬の目の前がシャツでいっぱいになる。鍛えられた大胸筋が、シャツ越しにも分かる。そうっ、と彼の背に腕を回す。鍛えられて膨らんだ筋肉が、服越しにもあたたかい。
「もう寝た?」
「いいや?」
「そう。わたし、寝るわね。おやすみなさい」
「アヤセ」
「どうしたの」
「Buonanotte. Sogni d’oro.(おやすみ、良い夢を)」
眠気に抗えなかったのか、ヴィンチェンツォはぐう、と寝息を立てる。珍しく絢瀬より早く眠りに落ちた彼に、よほど眠たかったんだな、と思う。
目を閉じ、静かになると、彫りの深いひきしまった顔が、とにかく良さを思い知らせにくる。普段はおしゃべりなところで緩和されているが、整った顔をしている彼は、黙っていると冷たさと威厳すら感じさせる。
まじまじと眠っているヴィンチェンツォの顔を観察していた絢瀬だったが、くあ、と一つあくびをする。釣られるように目を閉じれば、鼻腔いっぱいにヴィンチェンツォの体臭と、ほのかにつけている香水の香りがする。
異国情緒を感じさせるオリエンタルな香りの中に、薄く甘いバニラの香り。冬の間だけつけているそれは、絢瀬が密かに好いているものだった。
(本当に、この香りが似合う色男ね)
肺が染まるように、と言わんばかりに彼の胸板に鼻先を埋めながら、絢瀬の意識も眠りの海に落ちていった。
さんさんと日差しがさしている。レースカーテン越しに入ってくる日差しは穏やかそのものだ。
白く長い毛足の柔らかなラグに転がって、絢瀬とヴィンチェンツォは昼寝をしていた。すやすやと穏やかな寝息を立てて、ゆっくりと胸を上下させて、穏やかに眠っていた。
長いまつ毛を震わせて、うっすらとヴィンチェンツォは目を開く。陽光を弾くアドリア海を思わせる、鮮やかなエメラルドグリーンの瞳は、まだどこかぼんやりしている。
右腕が重たくて、暖かい。目線を動かして、右腕に乗っているものを確認する。寝る前に抱き寄せた絢瀬が、彼の胸板に鼻先をくっつけて眠っていた。
くうくうと眠っている彼女に愛しさを感じながら、天使の輪が輝いている髪に鼻先をくっつける。彼女本来の薄い体臭にほっとする。
(やはり、なにもつけていない匂いがいい)
ヴィンチェンツォの香水を選ぶ時、香水はどれがいいか分からない、と言う彼女に、私に似合うと思うものを選んでくれと言ったのはいつだったか。
それから彼女も香水に興味を持ったらしく、つけてみたいと言った本人に、これ以上華やかになったら他の男に取られてしまうよ、と笑いながら言ったのはいつだったか。
ただでさえ、すっきりと整った目鼻立ちの彼女だ。整って冷たさすら感じる顔と、冷凍庫のように涼やかな声。その口調で誤解されやすいが、少しお茶目でとても優しい。
そんな彼女なら、華やかな花の香りも、フレッシュな柑橘系の香りも似合うだろう。それでもヴィンチェンツォは彼女に香水はつけさせなかった。それは、彼女自身の香りを好いていたからもあるし、残り香でこれ以上彼女が自分以外の男から視線を集めてほしくなかったからだ。
(私以外の男が、私の知らないところで、彼女の美しさに気がついて欲しくない)
自分のへどろのように醜い気持ちを自覚しながら、彼は腕の中のほっそりした体を抱きしめる。
すんすん、と眠っていることをいいことに、ヴィンチェンツォは絢瀬の髪に鼻先を埋める。背中に回っていた彼女の手が、何かを探すようにもぞもぞと動く。広く、隆起した背中を彷徨っていた手が、きゅ、と彼のシャツを握る。
握られたのが分かると、ヴィンチェンツォは胸の奥からあたたかいものが込み上げてくるのを感じる。泣きたくなるようなあたたかさを誤魔化すように、彼はぎゅ、と絢瀬の体を抱きしめる。
抱き寄せられた力の強さのせいか、それとも、元々起きるつもりだったのか、絢瀬が静かに目を覚ます。
萌ゆる五月の新緑の色を閉じ込めた目が、ヴィンチェンツォはなによりも好きだ。緑色が好きになったのは彼女の目を知ったからだな、と思い出に耽っていると、絢瀬が身体を起こそうとする。
そんな彼女を強く抱きしめて、ヴィンチェンツォはまだ寝てもいいんじゃないかな、と提案する。
「あんまり寝ると、夜眠れないわよ」
「うっ……それはそうなんだけどさ」
「……まあ、寝ないなら、起き上がらなくてもいいか」
「話が分かるね」
このままイチャイチャしてもいいじゃないか。
そう提案するヴィンチェンツォに、自堕落な過ごし方ね、と笑う絢瀬。
彼女の薄い体を引き寄せて、ヴィンチェンツォは体の向きを変える。仰向けになると、その上に絢瀬の体を乗せる。
「重たくない?」
「アヤセは軽いよ。もっと食べなよ」
「これでも食べてるわよ? あなたがおいしいもの作るから、ずいぶん太ったわ」
「おかしいなあ。そんなに太ったようには見えないよ」
まだ食べさせ足りないのかな、と不思議そうな顔をする彼に、太らせて食べるつもりなの、と尋ねる絢瀬。
そうさ、と返すヴィンチェンツォは、一番おいしいアヤセを何度だって食べるんだよ、と笑う。
「あら、じゃあ骨も髪も残さず食べてもらわないといけないわね」
「私が君を残すと思うのかい?」
「もしかしたら、一口分だけ残しちゃうかも」
「それはないんじゃないかな」
これだけおいしいんだからさ。
タートルネックをめくられ、べろりと首を舐められる。肉厚な舌に舐められ、ぞわりと首からえもいわれぬ感覚が走る。
ちょっと、と絢瀬が睨むと、やりすぎたと思ったのか、ヴィンチェンツォは謝罪のジェスチャーをする。
「そういうのはベッドの上だけにして」
「ベッドの上ならいいのかい」
「夜ならね」
「夜じゃあ、アヤセ寝ちゃうじゃないか」
「……なら、今日は起きてて欲しい?」
「いつでも起きてて欲しいかな」
絢瀬の額に口付けを落として、ヴィンチェンツォは満足そうにからからと笑う。そんな彼に、絢瀬は今日くらいは付き合ってやるか、としっかりした胸板に顔を埋めた。