テレビが賑やかにスポーツの内容を報じている。それはイタリアのサッカーの話題で、母国の話で盛り上がっている画面に、つい身を乗り出してヴィンチェンツォは見ていた。白熱した試合をリプレイ映像が流れ出した、ちょうどそのときだった。
うとうと。かくん。
絢瀬の頭がかくんと落ちる。これで累計三度目だ。その度に、むっくりと顔を上げなおす彼女をちらと見たヴィンチェンツォは、そろそろ寝たらどうだい、と提案する。
「いやよ……やっと休みなのに……夜更かししてでも、あなたのそばにいたいのよ……」
「休みだから、早く寝よう? 明日、朝からいっぱい一緒にいよう?」
「うう……疲れてるから、少しでもあなたと一緒にいたいのよ……」
もはや、満足に頭も回っていないのだろう。絢瀬はヴィンチェンツォの話を聞いているのか怪しい返事をする。
むにゃむにゃと何事か呟きながら、絢瀬はヴィンチェンツォにもたれかかる。細い体を受け止めながら、ヴィンチェンツォはどうしたものかと思案する。
ベッドに連れていくことは簡単だ。ただこのまま持ち上げればいいだけなのだから。とはいえ、株主総会の準備で連日残業続きの彼女は、帰宅が深夜になることも珍しくなく、満足に触れ合えていないことにストレスを抱えているのは彼も一緒である。
だからこそ、ヴィンチェンツォは早く寝て、朝早くから絢瀬とのんびりした一日を過ごしたいと思っているのだが……どうにも上手くいかないものである。可能なら彼女も納得した上で早寝をしたい。
ヴィンチェンツォが恋人の扱いに悩んでいることなどつゆ知らず、彼の分厚い胸板に頭を預けていた絢瀬はくる、と向きを変えて額を彼の胸板につけると、そのまますう、と息を吸う。背中に回された手は、肩甲骨の近くの寝巻きを握っている。
「今日は甘えたさんだね」
「ええ……疲れたもの……」
「お疲れ様」
「本当にね……はあ……」
背中に回った彼女の手から、温かさが伝わってくる。末端までぽかぽかの彼女は、やはり眠たいのだろう。少なくとも、肉体は疲労を訴え、回復を望んでいる。
意を決したようにヴィンチェンツォは、テレビのリモコンを操作する。ぷつん、と液晶画面が暗くなり、スピーカーから音が消える。そのまま、彼はぐりぐりと胸板に額を擦り付けている絢瀬を抱きかかえる。ふわり、と浮いた体に絢瀬は顔をあげる。きょとん、とした顔でヴィンチェンツォを見上げているのがかわいらしくて、思わずヴィンチェンツォは相好を崩す。
「ヴィンス……?」
「私が眠たくなってきたから、アヤセもつきあってくれるかい?」
「それなら……しかたないわね……」
ぎゅう、と抱きついたまま、絢瀬はヴィンチェンツォにされるがままの状態で運ばれていく。揺れるたびに伝わる振動が心地よいのか、むにゃむにゃと絢瀬は何事か呟いている。
リビングの電気を消して、廊下に出る。冷えた空気に彼女の顔から眠気が少し飛ぶが、体温の高いヴィンチェンツォにくっついているせいか、すぐに眠たそうな顔になる。
寝室の扉を開いて、壁に引っ掛けてあるリモコンを操作して間接照明の電気を入れる。紙越しの柔らかいオレンジの光が、うっすらと部屋を明るくする。
掛け布団をめくり、絢瀬をベッドにおろす。メガネをヘッドボードに置いてやる。ぼやけた視界の中、ヴィンチェンツォの顔が見たいのだろうか、それとも冷えたシーツに文句が言いたいのだろうか、絢瀬は目を細めて、眉をひそめる。
絢瀬が口を開く前に、ヴィンチェンツォはその唇を軽く塞いで寝ようよ、と彼女の肩口まで掛け布団をかける。
「んん……おやすみなさい……」
「ん、おやすみ」
枕に頭をつければ、いつだって彼女はおやすみ三秒だ。それでも、今日は眠りに落ちる時間が早いように見える。顔にかかる黒髪をはらってやると、小さな口をわずかに開いて、彼女はくうくうと眠っている。
隣に愛する人がいるからか、絢瀬の寝顔は穏やかなもので、ヴィンチェンツォの胸に温かいものが広がる。
投げ出された手を握ってやれば、無意識なのだろうが握り返してくる。それすら愛しくなり、彼からすれば小さな手を撫でてやる。その手は温かくて、握っている方が眠たくなるほどだ。
くあ、と大きなあくびを一つすると、ヴィンチェンツォはヘッドボードにも置いてある間接照明のリモコンを手に取る。
ふっつりと灯りを消すと、遮光カーテンなのもあって、部屋は真っ暗になる。強いて言えば、カーテンの隙間から漏れる月明かりが、ヘッドボードに揺らめきながら光を投げかけていることくらいが、今のこの部屋の灯りになるだろうか。
本当はタイマーをつけて、切れるまで本でも読もうと思ったいたのだけれども、隣で眠る恋人と体温を共有していると、その予定は取り消しを決めてしまう。
温かな体温を噛みしめながら、ヴィンチェンツォは寝かしつける口実だった就寝を、事実にするために目を閉じた。