title by Cock Ro:bin(http://almekid.web.fc2.com/)
「マクシミリアン、お前本当に手先器用だよな……」
「は?」
「いや、だってよお。自分のローブを縫い直す男、お前以外知らねえよ、俺」
「金のない男なら普通じゃないか? そもそも、裁縫しているところを他人には見せないだろ」
「それもそうか」
「……で、なんでお前は俺にマントを差し出しているんだ?」
「いやー……ついでにここのほつれを……」
「はあ……まあ、お前が自分でやったら、余計にこのほつれが酷くなりそうだしな……」
ほら、寄越せよ。
そういうと、うきうきした笑顔でヴォルフガングはマクシミリアンにマントを渡し、友人達との待ち合わせがあるから、と家を後にする。
そんな彼に呆れながら、マクシミリアンは濃緑の糸を糸切り鋏で丁寧に切る。お気に入りのローブの裾の部分を直した彼は、渡されたマントを広げる。
ここのほつれ、と言っていた部分を確認すると、確かに地面に擦れやすい部分が汚れ、ほつれている。それ以外の場所も、ところどころ破れかかっている。
「あいつ、そもそも物の扱いが乱暴すぎるんだよなあ」
ぼやきながらも、友人には優しいマクシミリアンは糸を保管しているケースを覗き込む。水色と焦茶色の糸を目を細めて確認して取り出す。ローブの色よりやや明るめだが、目立つほどではないだろう。
糸通しを使うことなく、マクシミリアンは無骨な太い指先のわりに、器用に糸を針に通す。ほつれかけている部分を補強するように縫いながら、破れかかっている部分に布をあてがうか、とぼんやり考える。
問題は同じような布があるかなのだが、いかんせんそれを確認させたい手空きの人物がいない。ヴォルフガングは愛用の鉄製の斧を抱えて出て行ってしまった。
「あー、くそ……まあ後で倉庫を確認するか……ないような気もするんだが……」
規格外とも言えるほど縦に伸び、横に鍛えた彼らの身体に合った服は、作るだけでもオーダーメイドでなかなかの金額が必要になる。だからこそ、なるべく長く使うために修繕は惜しまない。
もしも布がないなら、新しい本を買いに行くついでにメイナードの店に行けばいいか、とマクシミリアンは考え直す。本は好きだが、出不精なマクシミリアンだ。たまには自ら出かけるのも悪いことではない。むしろ、ヴォルフガングは喜ぶだろう。
金はそんなにあるわけではないが、体格だけは良くて、何をしても広さが欲しい――そんな友人同士で共同生活を送っている間に、どうやら随分感化されたらしい。
「まあ、出かけるのは嫌いじゃないんだよ、嫌いじゃ」
出かけるまでの準備やらが面倒なだけで。
そうぼやきながら、丁寧に糸を切る。布の在庫を確認するため、重たい腰を上げて倉庫に向かう。
平原にぽつんと建っている彼らが住む一軒家の隣に、高床式の倉庫がある。日持ちのする食料から、ある程度備蓄しておきたい日用雑貨やらを保管している倉庫に向かうため、玄関を開ける。
夏が近くて、青い空と鮮やかな草原が広がるだけのそこには――見慣れない顔の少年と少女がいた。
驚きながらも、マクシミリアンは近隣の町や村では見かけない格好――本で見たことがある限り、どこの地域にもない格好をしている二人を訝しみながらも、どうしたんだ、と笑いかける。
「あ、あの……ここってどこですか……?」
「ん? サンク・キタテウェルトとトメラ・チズルメルの国境にある街、サンハ・ユアニル……のはずれだな」
「ユウタ……聞いたことある……?」
「ないなあ……」
「……あー。あれか、最近噂になっているって、ヴォルフガングが言ってたやつか」
異世界から人が来るらしいぜ。
馬鹿げた噂話を仕入れてきた同居人のことを思い出しながら、とりあえずうちにあがりな、とマクシミリアンは見慣れない服装の子供たちを部屋に招き入れた。
おっかなびっくりと言った顔をしながら、少年と少女はマクシミリアンの後ろをついて部屋に入る。規格外に体格のいい男たちに合わせた一人掛けのソファーと三人がゆうに座れるロングソファーと、もっぱらマクシミリアンが使うばかりのロッキングチェアーを指差して、彼は好きな方に座りな、と促す。
ロングソファーにちょこんと座った二人に、ちょっと待っていろ、と言ってマクシミリアンはキッチンに向かう。人一人分空けて座った二人は、物珍しそうに周りを窺いながら何か話している。
トメラ・チズルメルから輸入された、最新式の魔導アイスボックスから、よく冷えたカシェバの葉から作られた紅茶をカップに注ぐ。
自分も入れて三人分、紅茶を用意して少年たちのところに向かう。
「夏が近くてな。外も暑かったろう」
「いえ! 全然、過ごしやすかったっていうか……」
「は、はい。半袖だとちょっと寒かったっていうか……」
「そうか? 生まれが違うとかかな……まあ、いいか。お前さんたち、名前と……どこから来たんだ?」
「ユウタです。サカキバラユウタ。えっとニホンから……って、こっちにニホンってあるのかな?」
「そもそも、ここ、チキュウなのかな……? あ、あたし、カナです。マキノカナ」
「ユウタとカナだな。ニホンにもチキュウにも心当たりはないんだが……まあ喋ることができるんだから、とりあえず問題はないだろう……会話ができれば、案外なんとでもなるものだしな」
「そ、そうですよね! なんか、女神様みたいな人が『転生特典』とか言ってたし……」
「言ってたね、そういや……えっと、おじさんは……」
「ん? ああ、俺はマクシミリアン。マクシミリアン=イルデブランドだ」
マクシミリアンさん、と言い慣れない様子の二人を微笑ましく思いながら、彼はちょっと待っていろ、と立ち上がる。
暖炉の上に立てかけて置いた世界地図と、実家から捨てられずに持ってきた絵本を取り上げると、ソファーの前に並べる。
「この世界の地図なんだが……見覚えは……なさそうだな」
「全然知らないですね……」
「あたしもわからんない……」
「そうか。こっちの本のタイトルは読めるか?」
「カナちゃん、読める?」
「無理」
「言葉は通じるが、文字は読めない、か」
中途半端な転生特典とやらだな、とマクシミリアンは笑う。釣られるように、ユウタとカナも強張っていた表情を崩す。
そんな二人を見ながら、同居人に詳しいことを聞くことと、彼らに文字くらいは教えてやるか、とマクシミリアンはメガネのブリッジをあげた。