title by Cock Ro:bin(http://almekid.web.fc2.com/)
サンハ=ユアニルの街から、青く背の低い草原を走ること四ラノラミゴ。そこにマクシミリアンとヴォルフガングの家はある。なぜそんなに離れているのかといえば、狩人として生計を立てているヴォルフガングのもっぱらの狩場が森と草原であるからだ。
錬金術師として生計を立てているマクシミリアンもまた、素材調達に不便がないから、と街から離れたこの家を好ましく思っているのだが、いかんせん街までの距離を歩くことに、ニホンの都会育ちの子どもたちは慣れていなかった。
「ちょっとした遠足じゃん……」
「毎日これだけ歩いてたら、足腰強くなりそう……」
「若いんだから、このくらい余裕だろ?」
「そうだぞ。お前たちの国は、どれだけ歩かない人間が多いんだ、全く」
「言われると全然動かないよね、あたしたち」
「確かにそうかも。うちのお母さんとか、どこ行くにも車だしなあ」
そんな話をしながら一時間半ほど――子どもたちのペースに合わせていたら、普段よりも三十分ほどのんびり歩く羽目になったのだが、壁が見えてくる。石と粘土で作られたそれは、獣よけの壁だ。街への出入り口へ向かう間も、ファンタジー世界だ、ときゃあきゃあ騒いでいるカナをユウタが宥めている。
門兵がマクシミリアンとヴォルフガングを見て、ああいつもの、という顔をするが、カナとユウタを見るやいなや、眉を顰める。
「……そちらは?」
「保護したんだよ、森の中で迷子になっていてな」
「どこから来たんですか?」
「あー、今話題の異世界から、らしいぞ」
「はあ!? またですか。一ヶ月ぶりですよ……まあ、マクシミリアンさんなら目を離さないと思うので通しますけど……」
「俺は!?」
「ヴォルフガングさんはなあ……」
「おい!」
「まあいいだろ、ヴォルフガング。カナもユウタも、俺の目の届かないところに行くんじゃないぞ」
「はあい」
「任せて!」
そんなやりとりをしながら、四人は門をくぐる。
門の向こうには賑やかな広場が広がっている。小さな石造りの噴水に、木製のベンチがいくつかならぶそこには、婦人がたがお喋りしていた。
メインゲートだから人が多いんだよ、とマクシミリアンが迷子にならないように、と自身のローブの裾を掴むように言うと、ユウタがマクシミリアンの左側を、カナは右側の裾を掴む。
物珍しそうにキョロキョロするカナを、珍しいものを見るようにサンハ=ユアニルの人々は見ている。マクシミリアンやヴォルフガングのように、飛び抜けて大きな人間はいないが、鱗をもつ人間や、トカゲや猫のような尻尾が生えた人間、耳の部分が羽になっている人間など多様な見た目の人間がいる。
カナはヴォルフガングに、いろんな人がいるんだね、と話しかける。
「顔や手足に鱗があるのがドーン族、いろんな種類はあるが……尻尾があるのはサカティラ族、羽はデレーネ族だな」
「ほえー。いろんな人で出来てるんだ、この街」
「そうだな。元々、サンク=キタテウェルトは俺たちみたいなヨナグ族が多いんだけどな、いろんな国からいろんなやつが来るんだよ、国境沿いだからな」
「ふーん」
二人がそんな話をしていると、マクシミリアンが足を止める。ここだ、と案内されたのは、石造りの建物だ。周りの民家や商店よりも大きく、あきらかに公的な機関だろうことが見てとれる。
ずかずかと入っていくマクシミリアンの後ろをついていく二人は、室内に置かれた無数の本を見て、小声で叫ぶ。
「図書館だ!」
「お、なんだ、そっちにもこういう建物はあるのか」
「あるある。いろんな本を借りられるんだよ。売ってる本とかもあるけど、昔過ぎたり、高い本は借りることが多いよね」
「うんうん。僕はよく図鑑とか、レシピ本とか借りに図書館行きますよ」
「へえ。こっちじゃ本……というか、そもそも上等な紙がそこそこの値段なものでな。ましてや、文面の全文を複製するとなると、魔導機器を動かす燃料も高くつくし、複製魔法もページ数が増えるとな……」
「複製魔法を使って大量の本を作るぞー、ってお前が手伝いにいった時、死んだ顔して帰ってきたもんな……」
「あれはページ数よりも作る冊数がな……」
「……あたしたちって、恵まれてるんだねえ……」
「そうだね。本一冊でも、そんなに苦労してるなんて思わなかったなあ」
しみじみと二人が頷きあっていると、それよりも子ども向けの学習本だ、とマクシミリアンは受付カウンターと思しき場所に向かう。子ども向けの本はどの辺りだ、と彼が聞くと、珍しいものを聞いた顔を史書の女性はする。
後ろに立つユウタとカナを見て、なるほどと理解したらしいが、その顔は可愛いものを見たと言わんばかりだ。
そんな彼女のことなどつゆ知らず、案内図で示された場所にずかずかと向かうマクシミリアンとヴォルフガング。子ども向けらしい――表紙のイラストが柔らかい色合いで、明らかに幼児向けの本を選んでいるマクシミリアンに、確かにわかりやすいけど、とカナはむう、と唇を尖らせる。仕方ないよ、とカナを宥めるユウタも、どこか不服そうだ。
そんな二人を見ながら、異世界から来たやつが寄贈していった本もあるんだろ、とヴォルフガングがマクシミリアンに提案する。
「ほら、前にリーゼが頼まれて持ってきたって言うあれ。こいつらも知ってるんじゃないか?」
「同じ世界から流れてきたものかは分からんが……借りるだけ借りてみるか」
「よしきた」
「? なんですか? それ」
「なんて本? 気になる!」
「なんつったっけ? ナントカの国のなんちゃらってやつ。あとは、ナントカヒメ? なんか女の子が好きそうな名前だったよな」
「不思議の国のアリスだったか? あとはかぐや姫な」
「あ、それ知ってる! こっちだと有名な絵本だよ」
「かぐや姫、学校の教科書にも載ってるんですよ」
「へえ。そんなに有名な話なのか」
何冊かの幼児向けの本と、明らかに難しそうな分厚い本、そして薄いレシピ本を抱えて、新規入荷しました、と板に書かれたテーブルに向かう。
そこには絵本というよりは、カナやユウタが学校で使うノートが二冊置かれていた。読めない文字で書かれているが、表紙に書かれているのは有名な少女の絵だ。おそらく、リーゼなる人物にノートを託した人は、実物の本を残せなかったのだろう。
知っている作品の方が文字は覚えやすいだろう、とマクシミリアンは新規入荷したノートを手に受付カウンターに向かう。
複製魔法を頼んでいるらしく、紙幣をカウンターに乗せている。何冊でも本が作れそうですね、と言うユウタに、あの魔法はそもそも使える場所が決まってるんだよ、とヴォルフガングが教える。
「そうなんですか? いや、でも確かに本を何冊でも作れたらまずいよな」
「だろ? だから、魔法を習得するときに契約を結ぶんだと。特定の場所で特定の時間だけしか使えませんよ、って」
「ははー。面倒だけど、しょうがないよね。だから、史書さんにお金渡して、必要な数もらうんだ」
「そういうこと。何より、器用さが求められるらしくてな。史書、っていうか複製魔法を覚えるには、そりゃあもう課題が多いらしいぜ」
生活魔法の発展って大変だよな、とヴォルフガングは首を回す。ローブ姿がいかにも魔法を得意としてます、と言わんばかりのマクシミリアンであるから、複製魔法くらいは容易に使えるんだろうな、と二人は感心してきらきらとした尊敬の眼差しを送る。
それが面白くないのか、ヴォルフガングは俺だって簡単な魔法は使えるぞ、と張り合う。
「簡単な魔法って?」
「火をつけたり、飲み水を作ったり……あとは接合魔法だな」
「接合? なんか凄そうですね……」
「つっても、ものとものをくっつけるだけなんだけどな。素材が違うものでも繋げられるんだが、違うものをくっつけるのは大変なんだよ」
「接着剤いらずじゃん。ヴォルフガングさんすごっ」
「だろ? この魔法で後で踏み台作ってやるよ」
ちびすけどもには必要だもんな。
そう笑う彼の向こう脛を、カナはぺちっと蹴り飛ばす。いてえ、と笑うヴォルフガングに、ユウタは困ったように笑う。
そんなやりとりの最中、複製された本を抱えて戻ってきたマクシミリアンが、何をしているんだ、と呆れた様子で戻ってくるのだった。