title by 蝋梅(https://roubai.amebaownd.com/)
シャルロッテ・シードルとネッロ・ヒースコートは、茹だるような夏の盛りに、灼熱に染まるウルダハの街を歩いていた。
暑さ寒さに文句を言わないネッロでも、灼熱そのものの暑さに我慢できなかったのか、普段ならばきっちりと着込んでいるローズ・ヴァレンティオンのネクタイとベストを着崩している。ゆるめたネクタイに、第一ボタンを外して腕捲りをしたシャツ。ベストは脱いで、折りたたんで腕に引っ掛けている。
その隣では、シャルロッテがブレヴァディエ・ラッフルシャツの首元にハンドタオルを差し込んでいる。いくら襟ぐりが広く、ティアード・スリーブのシャツとはいえ、暑いものは暑い。絶え間なく汗が噴き出てくる。それでも少なくとも、カッターシャツのネッロよりは随分涼しそうではあるが。
露店で買った飲み物は既に空で、喉は乾きを覚え始めていた。
「こうも暑いと、いっそ水浴びしたくなりますよね」
「コスタ・デル・ソルまで行くか?」
「嫌ですよ。明後日から予選大会なのに、遊んでるところをすっぱ抜かれたら、スキャンダルものですよ」
「スキャンダルごときでどうこうなるのか?」
「なりませんけどぉ。あ、シェイブドアイスだ。食べます?」
「食べるか。こうも暑いと、とりあえず体が冷えるもの食べたくなるわ」
露店の店主に二つシェイブドアイスを注文すると、店主は慣れた手つきで氷を削る。山盛りの氷を紙製の容器に入れて、店主は二人に渡してくる。
渡しながら、店主のハイランダーの男はまじまじとネッロの顔を見る。ネッロが不思議そうに思っていると、ああ、と男は気がついたように声をあげる。
「あんた、コロセウムの!」
「あー、覚えてくれてるんです?」
「先駆のネッロだろ! 今度の大会、あんたに期待しているんだ」
「そいつはどうも。儲けさせてあげますよ」
「言いますよねえ。どうです、旦那。こいつに賭けてみません?」
「そこまで言われて、賭けねえやつはいないさ」
期待してるぜ、と山盛りの削った氷に、ロランベリーが添えられる。店主なりのサービスだろう。
受け取ったシャルロッテが、片方をネッロに渡す。それを受け取りながら、ネッロは店主と握手をする。気分良さそうな店主に見送られて、二人は屋内に避難する。サファイアアベニューからパールレーンを少し横切り、ゴールドコートに入る。
潤沢に水を使っているゴールドコートは、屋内なのもあってだいぶ涼しい。そばに水が流れているのもあるのだろうが。
二人して安堵の息を吐いて、ベンチに腰を下ろす。後ろから流れ落ちる水の音を聞きながら、しゃり、とアイスにスプーンを突き刺す。
「あー、生き返るってのはこういうことだよな」
「ですねえ……」
「お前、テッフェに似てきたか?」
口元、ベリーついてるぞ。
そういうとシャルロッテは指先で取ろうとして――ネッロの口元に口を寄せる。べろ、と舌で舐めるように取ると、シロップ漬けのベリーの甘さに眩暈がしそうだ、とシャルロッテは眉根を寄せる。
舐められたところを手で拭いながら、何するんですか、とネッロは尋ねる。シャルロッテがあそこ、とわざとらしく体を寄せてある一点を顎でしゃくる。
彼が示した場所に視線だけを動かすと、ネッロも把握したらしい。ああ、と理解すると、スプーンでシロップのついていない氷を掬う。そのまま流れるようにシャルロッテの口元に氷を持っていく。
それを口に含んだシャルロッテは、お前も大概だよな、と笑う。
「いやいや、先にふっかけてきたのそっちなんで」
「まあ、そうなんだが」
「はー、どうするんすか。ただでさえ、英雄色を好むとか言われてるのに。男色までつけるつもりですか」
「嫌かよ。つか、今の時点で言われてるのかよ、それは面白すぎるだろ」
「まあ隠すつもりがないから、店に行くの普通に見られてますしね。人間味があるー、とかで割とウケがいいんですよね」
「そーかよ」
「ま、シャルロッテ相手なら、それなりに見栄えがするからいいですけど」
「はいはい……って、あのララフェルの嬢ちゃん、タオルに顔埋めてるな。強すぎたか?」
「感動の涙じゃないですかね。そういう手合いがよくあるらしいですよ」
推しが尊くて涙が出る、ってやつらしいですよ。
至極どうでも良さそうに呟いたネッロは、シェイブドアイスに再びスプーンを突き立てる。シャルロッテに渡すわけでもなく、自分の口に氷を放り込む彼を見て、シャルロッテもまた氷を口に入れるのだった。
*
……一方そのころ。
おもち、という名のララフェル族がウルダハ・ゴールドコートにいたのは、たまたまであった。冒険者ギルドから発行された依頼の帰り道、暑いから涼もうと立ち寄っただけであるが、のちに彼女はその選択を喜ぶことになる。
「あついー……はっ、今、何かを察したような……!」
きょろきょろと周囲を伺った彼女は、自身がきた方とは逆方向から、二人組のエレゼン族がくるのを見る。特に悪いことなど何もしていないのだが、なんとなくゴールドコートにつながる門に隠れるように身を潜ませる。
二人組は男性のエレゼン族で、なんの偶然か、おもちが隠れている柱から様子がよく見える場所に腰を下ろしてくれる。
(こ、これはもしや! もしや! ……いや、違うかもしれない……でも!)
男が二人、同じシェイブドアイスを抱えて並んで座っている。それだけで心ときめく。脳内ではモーグリ族がラッパを吹き鳴らし、なんならバヌバヌ族が踊り出しはじめる。
んふーっ、と荒くなる鼻息を殺しながら、二人を柱の影から見守る。くすんだ白金色の髪の男のほうが、口元にベリーのソースをつけたらしく、それをセルレアムブルーの髪色の男が指摘する。
そのとき、おもちは目を見開いた。セルレアムブルーの男が、白金色の男にキスをするように見えたのだ。それはよく考えれば口元についたソースを拭っただけなのだろうが、おもちは目をかっぴらいて――脳内ではモーグリ族がロックバンドを結成していた。
ソースを拭うだけなら口を寄せる必要はない。よく考えれば、これがおもちの存在に気がついた男が雑な営業だと分かるのだが、おもちは二人が人目を忍んで愛を育んでいるワンシーンだと理解した。その理解の速さは、爆走するヒッポカートよりも速かった。
信仰するオシュオン――ではなく、腐女子の神様に感謝をしていると、白金色の男がセルレアムブルーの男にスプーンを差し出しているのを目撃してしまう。
脳内のロックバンド・モーグリ族、ここ一番の盛り上がりを見せる。ダンサーのバヌバヌ族に追加して、シルフ族が花籠を持参して彩りを加えてくる。グナース族の火砲が花火を打ち上げている。これ以上ない大騒ぎだ。
「キスにあーんに……最高じゃん……?」
感動のあまり、溢れた涙を常に自賛しているフェイスタオルで拭う。顔を隠したおもちを、すでに見つけていたエレゼン族の男たちは興味なさそうに見ていることに、気がつかないのは彼女ばかりだった。